「失礼しま、す…」
「おー、来たか…って、椿?」
「か、監督…あの、これ…」
「あー、うん、こっち持ってきて。はい、そこ置いて。ん、あんがとねー」
「えと、も、いいですか?」

日頃入り慣れていない職員室とはいえ、見たことのある教師もちらほらいるというのにこのビビり様。ていうか目の前にいるのはお前の部活の監督であり、担任の先生でもあるんですよ、椿君?まだ俺にも慣れてくれてねーの?

「今日部活ないだろ。そんなにそわそわしてどっか行くの?デート?」
「で…っ!? そ、そんなの相手がいないっす」
「あら、そー」

へー、彼女なし。まぁそうだとは思ってた、というかわかってた。でも本人の口から聞けてちょっと満足。

「じゃあ急いで帰らなくてもいいじゃん。あ、おやつあるけど食う?」
「…なんでそんなにお菓子が引き出しにみっしりと」
「もらったりもらったり買ってきたりもらったり」
「………」

びっくりしたように目を丸くする椿の掌を上に向かせて、そこにクッキーとマシュマロを置いてやる。あ、ついでに飴とチョコとドーナツも。

「うわ、多い、じゃなくて監督、これだめなんじゃ、」
「そう?まぁいいんじゃない?椿が黙ってれば」
「う…」
「いっそ食っちまえば?腹に入れば終わりだし」
「〜〜〜」

おーおー、悩んでる迷ってる躊躇ってる。掌の菓子と俺の顔と少し離れたところにいる他の先生たちの間をうろうろと視線が彷徨って、結局ぽつんと手元に落ちた。

「うまいよ?」
「…いただきます」

にやん、と笑ってみせると椿も諦めたのか呆れたのか、へにゃりと笑ってクッキーの包みを開けた。

「あ、うまい」
「だろー?日直の代わりにみんなのノートを集めて持ってきてくれた椿へのご褒美だから、うまいやつを選んでやったんだぞ」
「え、あはは…」
「今日、世良だろ。あいつ、押し付けて帰りやがったな?」
「世良さん、今日は用事があるらしいっす」
「人がいいね、椿は」

せっかく部活のない放課後、誰だって早々に学校を出て遊びに行きたいと思うもんだろう。それをわざわざ人の代わりに―――しかもこいつのことだから買って出たのかもしれないな。世良とは仲もいいし。そんでもって赤崎にバカにされたんだろうなぁ…。

「…なんでわかるんすか…」
「お前らがわかりやすすぎるだけだと思うけど」
「だからって見てきたみたいに…」
「はっ、悔しかったら俺の裏をかいてみろよ。いつでも受けて立つぜ?」
「無理です」

即答につい笑ってしまう。いつもならもっとどもったりするのに、どうしてこういうときだけきっぱりと言うんだか。

「椿、お前、もうちょっと自己主張してもいいと思うぞ」
「自己…?」
「嫌なもんはちゃんと嫌だって言えよ。なんか我慢して終わりそうな気がする」
「え、そんなことないっす、よ。我慢なんてしてないっす」

きょとんとしたあとにぱたぱたと手を顔の前で振る椿は本当にこのことを嫌だとは思ってないんだろう。自分のしてることが紛れもない優しさだって全く自覚してないんだな。そんなことだろうとは思ってたけど、改めてそう実感させられる。
なぁ、椿。お前が当然と思ってるそれは、実はものすごいことなんだぞ?

「ま、お前がいいって言うんならそれでいいけど。相談したいことができたら遠慮なく言えよー?」
「??? ウス、あざっす」

あー、わかってないな。まぁ、いっか、問題ないんならそれで。
一応クラスを受け持つ以上は変な波風が立たないように目を光らせるのも仕事のうちだから気にしてみたんだけど、俺の考えすぎだったみたいだ。結構みんなが仲のいいクラスだという最初の印象で間違いないんだろうな。

「ほれ、残ってる菓子もここで食っちまえよ。持って帰るのが見つかったら怒られるかもよ?」
「えっ、監督が渡してきたのに」
「受け取っちゃったら椿も同罪ですー。ほらほら、他の先生たちが来ちまうぞ」
「わっ、わ…」

見るからに慌てだした椿に吹き出しそうになるのを堪えながら落としかけた菓子を受け止める。別に菓子のひとつやふたつ、見つかったところで怒られりゃしねーよ。むしろこの場合は俺のほうが怒られそうだ。
でもなー、なんだか餌付けしたくなったんだもんな。しかたない、しかたない。

「落とすなよ」
「ご、めんなさ、」
「ほれ、口開けろ」
「へ、ぇう…っ」

ぽかん、と開けられた口に受け止めたマシュマロの個包装を破って放り込んでやる。妙な声とともに飲み込まれと思ったそれだけど、反射的に噛んだらしい。とろ、と中に入っていたチョコレートが唇を汚した。

…ていうか、このマシュマロって中にチョコ入ってたんだな…しかもホワイトチョコ。

「………」
「あぅ、でちゃった…」

あー………、椿君?そのセリフは非常にけしからんと思うわけですが、それと同じくらいにその、唇を拭った指を口に含んでチョコを舐めとる仕草もけしからんと先生は思うわけですよ。あと気恥ずかしいのか頬を染めながらちらっとこっちを見るんじゃありません。

「監督…?」

誘ってんのか、こいつは!

「あの、どうかしました…?」
「ん、とりあえず拭いて」
「あ、すみません」

無断だけど隣の席に置いてあるボックスティッシュから一枚引き抜いて椿に渡す。素直な椿はそれで指と口を拭う。
それを眺めてる俺の表情は至って普通だろう。自慢じゃないが表情筋には自信があるぞ。って、偉そうに言ってる場合じゃないけど。いまの俺の脳内を覗かれたら捕まるのは間違いないからな!…これも偉そうに言ってる場合じゃないけど。

「残りのはカバンに入れて落とさないように帰れよ」
「え?さっきは食べろって…」
「そろそろ他の先生たちが来そうな気がする。お前が菓子持ってるだけなら大丈夫だろうけど、俺がお前に菓子やったのがばれたら怒られるし、そんなんやだもん」
「そんな…」
「はいはい、お疲れー。気を付けて帰れよー」
「…失礼します」

しょうがないなぁ、とでも言うみたいに困ったように笑って席を立つ椿を見送って、職員室のドアが閉まったところで机に突っ伏した。

「…あんた何してんだ…?」
「ちょっとほっといて、村越…」

たまたま通りかかった同僚の怪訝な声を頭上に受けながら、明日からちゃんと仕事できっかなぁ、とがらにもなく不安を抱いてしまった。





密やかに
恋に落ちる(め事、始めました)













ツイッタで仲良くしてくれてるイツキちゃんに捧げる達椿です!学生パロって楽しいね^^
いっちゃん、お誕生日おめでとー!大遅刻でごめんなさいっ;;



thx レイラの初恋






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