「あ、かんとくー」

ふにゃ、と弛みきった笑みを浮かべた椿が窓枠に指をひっかけた格好で目の前にいた。いつもどこか緊張した面持ちがなかなか崩れない椿の、こんな表情は初めて見た。壁一枚隔てた内と外という距離でもよくわかる―――こいつ、すっかり酔っぱらってやがる。

「何やってんの、お前…」

ほわほわと笑う椿に指を伸ばすと、それを嫌がることなく受け入れる。じんわりと熱い頬が限度を超えたアルコール摂取量を教えてくれた。

「かんとく、ゆび、つめたいっすねー」
「お前が熱いんだよ」
「暑くないっす、よー?」
「真っ赤な顔して何言ってんだ」
「んむ」

つついた頬を軽く抓ってやると何が楽しいのか、椿が小さく笑った。漏れた低い笑い声が耳に心地いい。もっと聞きたくて指を滑らせる。
しかしこいつ、ハタチなのに子供みたいだな。こんなにすべすべしてるとか…ヒゲ生えるのかねぇ?

「酔っ払いめ」
「よってなんかないっす」
「俺が酔ってるって言ったら酔ってるんだよ」
「えー…」

椿が不服そうな声を出す。こういうのもまためずらしい。酔うと感情がストレートに出るようになるらしいな。というか、子供っぽい。あわてふためいた表情でもない、取り繕ったように引き攣った笑みでもない、剥き出しの感情がおもしろい。

いまなら、そう―――椿本人さえも自覚していない本心を、知ることができるかもしれない。

「椿」
「はい」
「どうしてここに来たんだ?」
「………」

クラブハウスの俺の部屋。どこで飲んだのか知らないけれど、帰り道についでに寄るような場所じゃない。椿はわざわざ、ここへ来ようという意志を持って来たはずなんだ。

そこが聞きたくてどうして、と問えば、みるみるうちに椿の表情が曇った。眉が下がり、困ったというよりもいまにも泣き出しそうな顔にぎょっとしてしまう。かつてこいつが俺の前で泣いたことはあるけど、さっきまでぽやぽやと笑っていたのに急に変わるものだから余計に驚いた。

「おい、」
「きちゃだめですか?」
「え」
「おれ、かんとくにあいにきちゃ、いけないんすか…?」
「―――っ、」

椿の頬に触れたままの指に自分のものを這わせ手を重ね、俺の手に頬を摺り寄せてくる。伏せられた瞼がふと持ち上げられた。熱っぽく潤んだ黒い瞳が言葉以上のものを伝えてくる。

「俺に会いたくて来たんだ?」
「はい」
「どうして俺に会いたいの―――あぁ、会いに来るのはいいよ。怒ったりしない。でも理由を教えてみ?」
「りゆ、う―――…」

俺と手を重ねたまま、ふらふらと椿が視線を彷徨わせる。どこを見ているのか、定まらない視線を追いかけずにただ椿を見つめていると、ぴたりと目が合った。瞬間、ふにゃりと黒が蕩けた。

「すきだから」

アルコールの甘さを含んだ声が零れる。

「達海さんが好きだから―――会いたくて。どうしても、いま」

酔ってるくせにくっきりとした声が耳に届く。脳みそに響いて心臓を震わせる。俺の全てが歓んでいる。

「俺のことが好きなの?」
「はい」
「そっか」
「はい」

空いた方の手で椿の後頭部を支えた。身を乗り出す。無防備に薄く開かれた唇にちょん、と自分のを触れさせる。椿の目が真ん丸になった。

「椿」
「ふぇ…は、い?」
「こっちにおいで。そこから入ってこれるだろ?」
「まど?」
「うん。乗り越えておいで、手伝うから」
「ん…」

酔ってる奴にこんなことさせるのは危ないかな、と思うけど、表に回って鍵を開ける時間ももったいない。腕力で自分の体を持ち上げて窓枠に足をかけた椿の体を抱きとめる形で部屋へ入れる。あ、やばい、靴を履いたままだった、と思ったと同時に椿の足が床に着く。まぁいっか、乾いた土が少し落ちただけだ。すぐに脱がせればいいだろう。

足許にしゃがんで靴を脱がそうとすると足を上げて素直に従う。酔いが足までは来てないんだな、と安心した瞬間、ぐらりと椿の体が傾いたから慌てて抱きとめた。

「おっとぉ…びっくりさせんなよ」
「あれ?」
「おーい、しっかりしろーぃ」

ぽんぽんと背中を叩いてやると椿は腕を回してきて額を押し付けてきた。遠慮なしにぐいぐいとくるから足を踏ん張って押し留める。体格差がないからこうされるとちょっと辛いものがあるんだよなぁ―――それ以上にうれしいけど。

「椿」
「はい」
「つーばき」
「はいー?」

椿の髪が首や耳に当たってくすぐったい。耳許で零される気の抜けた声もくすぐったくてたまらない。全身を預けてくる体をしっかりと抱き締めて、椿の耳へと唇を寄せる。

「俺も椿が好きだよ」

さぁっと赤く染まったそこが可愛くてたまらないから、そっと口付けた。





たまゆ





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -