「やぁ、椿君」
「っひ!? も、持田、さん!?」

片手を上げながら挨拶をすると、椿君は手にしていたボールやらボトルやらタオルを盛大にばらまいた。
だいたい、ひ、って何さ。どんだけおもしろい反応見せてくれんの。つつき回したくて仕方なくなるじゃん。

「なーにやってんの。グラウンドに散らかしちゃだめでしょ」
「う、あ、ぇっと、すみませ…!」
「ほら、そっちにボトル転がってるし。タオルに芝が付いちゃってるからちゃんと落として。そのままバッグに突っ込んだら中が汚れるよ」
「はっ、はい…!」

フェンス越しの椿君は俺の言葉に従ってボトルを拾い、タオルを振って芝を落とし、それらをバッグに押し込んだ。
全体的にばたばたと慌ただしいけど、俺の指示に従って動く彼を見るのは悪くない。いや、はっきりと楽しい、と言える。素直な子は好きだよ。従順なだけではおもしろくないけど、彼はいろんな意味で俺の予想の斜め上を行くからさ、楽しくて仕方ないよね。

今だってちらちらと寄越す視線に何で俺がここにいるんだ、と疑問を浮かべてるけど、それを言葉にする前に俺がいろいろ言うから、結局声になってない。でも尋ねることは諦めてないみたいで、ぱくぱくと口だけは動く。
うん、なかなか見てておもしらいよ、椿君。

「もっ、持田さんっ」
「ん?何?」
「あの、どうして…」
「あー、その前に椿君。そのジャージ羽織った方がいいよ。風も出てきたし、こんなことで体調崩したくないでしょ?せっかくあと何日かで君と対戦できるのにさぁ」

負ける気なんてさらさらない、というか勝つことしか考えてないけど、ピッチの上で椿君と遊べるんだからそれはそれですごい楽しみ。

そう言ったら微妙な表情のまま椿君はもそもそとジャージに腕を通す。
あんまよく顔が見れないなぁ…電気、点いてないし。夜間に練習するならもっと明るくしなきゃ危ないんじゃないだろうか。そんなとこけちらないといけないくらいに経営がやばいの?それとも、椿君がこっそり練習してるだけ?

「持田さん、…」
「んー?」
「えっと、どうしてここに…?」
「なんとなく?」

やっと尋ねたいことを口にできた椿君が俺の返答に少し顔をしかめた。当たり前か。でも問いを重ねてこないのが椿君らしい。反対に呆れかえって俺を無視しないのも。

こういう椿君の人の好さを俺は気に入ってるし、同時に最大限に利用させてもらってる。悪く思わないでほしい、これも愛だよ。なんて言ったらそれこそ盛大に顔をしかめるかもなぁ。でも愛だって一面ではただのエゴの塊だろ?

「まぁ、なんとなくってのは嘘だけど」
「嘘?」
「本当は椿君に会いたくてここまで来た」
「…、」
「って言ったらどうする?」

椿君の丸い目が見開かれる。その次にはすぅ、と細められた。

「信じません」
「…へぇ」

きっぱりと告げられた言葉に目を見開くのは俺の方になった。いつになくはっきりした態度に、そんなに信用されてないんだ、と逆におかしくなって苦笑をこぼしかける。と、椿君が目を伏せて視線をそらした。

「でも、もし本当にそうならいいな、とは思います…」
「……」

えーと?
それはつまり…どういうこと?

予想の斜め上をいく椿君だけど、斜め上のさらに角度をつけてくるとは思わなかった。くるりと一回転したら、到着点は原点に戻るしかないよねぇ?

ますます下を向いた椿君の顔はよく見えない。けど、少ない明かりでもわかるくらいに両方の耳は赤い。だから、見なくても椿君がどんな顔をしてるのかがよくわかる。

きっと、俺のすっげー好きな顔のはずだ。

「椿君、こっち来て」
「え」
「そんでもって君からキスして」
「…え、えぇっ!?」
「俺が自主的に動いたらうれしいんでしょ?俺もそれと同じで椿君が積極的に動いてくれたらうれしいんだって。だから早くこっち来てキスして」
「なんでそんな話になるんですか!」
「俺が君を好きだからだよ、決まってるだろ」

どこをどう言い繕って飾り立てたって結局辿り着くところはそこでしかないんだ。

ぎゅう、とバッグを固く握り締めた椿君が戸惑いを隠さずにこちらを見上げてくる。飼い主に見捨てられたような犬みたいな風情に笑い出しそうになった。

あぁ、おかしい。
どうしてそんなに可愛い表情ばかり見せるの。

「ねぇ、早く来なよ。俺、あんま気が長くないんだよ?」
「…っ、でも、」
「俺とキスしたくない?」
「あ、の、…だって、」

この目の前に広がるフェンスが忌々しい。これがなかったらそのきつく握り締められた手を掴んでこちらに引っ張って腕の中に囲ってしまうのに。

あぁ、でも、だからこそ椿君に来てほしいかな。求められるのも悪い気はしないし。

「ほーら、椿君、はやく」
「ぅ、う…」

じりじり、と椿君が動く…けど、明らかに後ずさってない?
へーぇ、そういう態度取るんだ?どこまでも俺にいじめてほしいんだねぇ。

いますぐにでもお望みどおりにしてあげてもいいけど、でも俺は優しいからもう一度だけ最後の決断をする猶予を与えてあげよう。

「椿君、早くしてよ」
「えぇ…っ」
「逃げれると思ったら大間違いだからね」
「…っ、」

さぁ、そろそろ俺の我慢も限界を迎えるよ?
君に残された時間は、そうだね―――





あと秒待ってあげる




thx 秘曲





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