23達海×15椿(幼馴染設定/少しだけ椿の家族が出ます)


かつては自分も通ったはずの道なのに、どうだったかうまく思い出せない。
…思春期って、難しいのな…。





「昔が懐かしい…」
「は?どうした、急に」

横に並んで歩いていた後藤がぎょっとしたようにこっちを向いた。そりゃそうか、全然脈絡のないこと言いだしたんだもんな。でも俺は今日の練習メニューよりもこっちの方が気になって気になって仕方ないわけよ。

「昔って何のことだ?」
「…大介」
「大介くんがどうかしたか?」
「なんか、最近冷たい」
「…は?」
「聞いてくれよ、後藤!」
「わっ!」

話をふってきた後藤の肩に手を置いてガクガクと揺さぶると、うわ、とか、やめろ、とか言われたがそれどころではない。

「なんかさ、最近すっげえ冷たいの!この前実家帰ったときに会ったんだけどさ、挨拶したら返事は寄越したんだけど、でもそれだけ!あっちから挨拶してこないし、話しかけもしないし、目も合わせようとしないし、そもそも顔合わせることも極端に減ったし!昔なんてお兄ちゃんって呼んでちょこちょこ人の後ろ付いて回ってあんなにひっついてきてて可愛かったのに!なのにいまじゃ達海さんだなんて呼ぶんだぜ?他人行儀に!いやいまも可愛いのは可愛いんだけどさ」
「ちょ、ま、達海!揺するな、気持ち悪い!」
「あれ、後藤って酔いやすかったっけ?」
「いや、お前の発言が気持ち悪い」
「失礼な!」
「かなり気持ち悪いぞ、達海」

こいつ、二回も言いやがった。

「大介くん、いくつだっけ?」
「15。受験生」
「そっか、もうそんなになるのかー」
「おっさんみたいなこと言ってるぞ、後藤」
「15歳から見たら23っておっさんかな…」
「ちょっと怖いこと言わないでもらえますか」

え、どうしよう、大介におっさんとか思われてたらどうしよう!

「だから達海、そういうとこ気持ち悪いって。全部声に出てるし」
「お前それ三回目!」
「15って、思春期なわけだろ?兄離れ…ってものおかしな言い方だけど、いつまでもお前にひっついてばっかってわけにもいかないんだから」
「別に俺は構わないけど」
「頼むから真顔で言わないでくれ。成長なんだよ。そうやってだんだんと自立していくものだし、大介くんにとって大切な時期なんだから、そっとしといてやれって」
「…」

後藤の言ってることはよくわかる。そういう時期って親とか先生とかがすっげえ鬱陶しく思えて、何かにつけて反抗的な態度取ったりシカトしてみたりってやってたよな。やってるときには何も思ってなかったけど、やられる立場になると、それがすっごくショックなんだっていうのがよくわかったぜ…!
できればわかりたくなかったけどな…。

「大介との触れ合いは俺のオアシスなのに…」
「…だから気持ち悪すぎるというに…」

抜けるほどの真っ青な空の下、芝の鮮やかな緑がいまの俺には眩しすぎだった。





「あ、時間…」

ふと雑誌から目を上げてみると、視界に入った時計の示す時刻にちょっと思考が止まった。
いますぐにリビングに降りていけば試合の初めには間に合う。教えてもらってはないけど、きっと今日もスタメンのはずだ。そりゃそうだ、達海さんが外されるはずがない。

「…やっぱいいや…」

ごろり、とうつ伏せていたベッドに寝転ぶ。いままで広げていた雑誌も閉じた…ら、表紙が目に映る。思わず買ってしまったその表紙には、小さいときからずっと憧れてやまなかった人。

達海猛。日本のサッカー界を背負う、天才。

その文字を読みたくなくて目を瞑る。

憧れの人。ずっと近くにいた大好きな人。ちょっとでも近付きたくて始めたサッカーのことはいまもちゃんと好きだし、続けてる。でもときどき、サッカーをしてると辛くなる。凡人でしかない―――もしかしたら、それ以下かもしれない―――自分と、高校を卒業してすぐにプロになった達海さんを比べるのがどうかしてるって、わかってるけど。

少しでもあの人に追いつけたら、と思わずにはいられなくて。

「無理、なんだけどね…」

大好きなサッカーを続ければ続けるほどにあの人との距離を見せつけられるみたいで。
こんなことでぐずぐずと悩んで立ち止まる自分もすごく嫌…だから最近はずっと達海さんと顔も合わせれない。こんな俺を見てもらいたくないもん。昔から勘の鋭い人だから、俺のこんな気持ちを見抜かれるのも嫌だし。

「…も、ヤダ…」
「なにが?」
「うわああああっ!?」
「ちょっ、でかい声出さないでよ!」
「ねっ、姉ちゃん!? なんでいるの!?」
「だって大介、ノックしても返事しないんだもん。ピクリともしないから寝てるのかと思って布団かけたげようかなって」
「あ、そう…って、勝手に入ってこないでよ」
「何よ、見られて困るものでもあんの?どうせこれもサッカー雑誌でしょ?」
「あ!」

止める間もなくひょいっと雑誌を取られた。別に困りはしないけど、でもちょっと傍若無人すぎる気がする。なんでうちの姉ちゃんってこうなんだろ…。

「やーっぱり達海さんだ。大介、絶対これ買うと思った」
「何で」
「だって達海さんのこと大好きでしょ」
「…」
「あれ、喧嘩でもしたの?」
「するわけないじゃん。あっちは大人だよ」
「ふーん、じゃああんたが勝手にむくれて拗ねてるだけか」

うわぁ、ムカつく。言わないけど。

「あ、そうだ、達海さんだけどさ。いまやってる試合、途中で退場したよ」
「えっ!?」
「相手選手とぶつかって、怪我はしてないみたいだけどイエローもらっちゃって、そのまま交代したみたい…って、大介!家の中を走らないの!」

姉ちゃんが後ろで怒ってるけど、いまは聞かない。それどころじゃない。

「お母さん、テレビ!」
「あら、サッカー見ないのかと思って違うの見てたわ」
「変えていい!?」
「どうぞ」

慌てて駆け下りたリビングでテレビの前に陣取る。達海さんはもう退場した後だから遅いかもしれないけど、なにか後から情報が入るかも…怪我、とか、してないならそれがいいんだけど。

「猛くん、大丈夫そうだったけど」
「ほんと?」
「ちゃんと自分で歩いて交代してたもの。心配ならメールでもしておきなさい」
「…邪魔になるから、いい」
「そんな風には思わないと思うけどね」

もっと画面から離れて見なさい、と言われて、目を離さずにそろそろとソファーに移動した。クッションを抱えてじっと試合を見る。
達海さんの抜けた試合はどこか面白みに欠けて、負けているのもあってか余計に面白くない。それでも見てしまうのは、やっぱり俺がサッカーを好きだからだろうか。

(あ、いまのとこにパスが通ってたら、)
(逆サイドにフリーの選手がいるのに…)

こうして画面で試合を見てると、もどかしさにじっとしてられなくなる。もっとうまく通せたはずのパス、サイドチェンジで広がったはずのチャンスを悔やみ、もし自分があそこにいたら…と考えて我に返った。

(これ、プロの試合だし!あり得ない!)

それでも、もし自分があそこに―――そして達海さんもあそこにいたら、という幻のような思いを抱えながら、試合が終わったらメールをしようと決めた。





(すいぶんとまぁ…他人行儀な)

接触があったとはいえ怪我なんてしてないけど、それでも気分が落ちてるせいかあのままバックで試合を見る気にもなれず、ちょっと我儘を言って一足先に帰らせてもらった。寮の部屋に着いた途端に滅多に光らない携帯のランプが点滅を繰り返した。なんか邪魔くさくて音もバイブも切ってるから、すぐに気付いたのはある意味、奇跡的。何だろうかと画面を見て、柄にもなく固まってしまった。

表示された『椿大介』の文字。もうずいぶんと前に喋ったきりの年下の幼馴染みの名前に跳ねた心臓を宥めながら、受信メール画面を起動させる。短い文面を読み切って、無意識に止めてた呼吸を再開させた。

内容はいたってシンプルだ。試合を見てくれてたらしく、途中退場を心配してくれたのか怪我の有無と様子を尋ねるだけのもの。無理はしないでください、と締めくくられた数行の文章に、ちゃんとこういうのが書けるようになったんだなぁとよくわからない感慨を抱いてしまった。俺はあいつの保護者か。

(ま、それに近いもんだけどね…子離れされちゃって悲しむお父さん…いやいやいやいや、待て待て待て待て。お父さんなんて年じゃありませんから!)

返事を打とうとベッドに腰掛け、髪をかき上げる。さてどうしようかと考えたところで頭に浮かんだのは明日のスケジュール。
たしか、午前中に軽いトレーニングをしたあとはオフだったはずだ。格別出かける理由もなく、久しぶりに心行くまでごろごろしてやろうと思っていた半日だけど、それじゃあもったいない。だってせっかくの日曜日なんだから。

(あいつが乗ってくるかどうかは、微妙なんだけど…)

なんたってここ最近、ずっと避けられてますから。
人間関係とかあんま気にしないけど、勘は悪くはないからそういうのって比較的にすぐわかったりする。まして相手はあの大介だ。小さいときからずっと一緒にいたし、あいつってほんと素直っていうか単純っていうか、とにかくわかりやすいから。

(明日、昼、寮の前で、待ち合わせ…っと)

メールとか慣れてないからこっちもいたってシンプルな文面にしかならないけど、別に構わないだろ。ごちゃごちゃしたって見えにくいだけだし、大介がそんなメール受けたって戸惑うだけだろうし。

「ほい、送信完了っと」

送信しました、と示す画面を閉じて、同じようにベッドに寝転んだ状態で目も閉じた。





(…どうしよう…)

目の前の建物はいままで何度も見てきたもので。実は数回中に入ったこともある。それがいいのかどうかはわかんないけど。
ただ、いまは勝手にそんなことできないってことだけはよくわかる。

(昼に寮の前で…って、ここでいいのかなぁ。だいたい昼っていうのもかなりいい加減な指定だけど…)

昨日から何度も見たメール画面と睨めっこ。でもそうしたところで答えがそこにあるはずもない。
しかたないからちょっと待ってみて、それでもまだ来なかったら電話しよう…と携帯を畳んだところで聞き覚えのある声に呼ばれた。

「大介くん?」
「え…あっ、後藤さん!」
「やっぱり。久しぶりに会うからちょっとわからなかったよ。背、伸びたね?」
「ほんとっすか?あんま自分じゃわかんないんですけど…でもそう思われてるんならうれしいっす」
「成長期だもんなぁ」

のんびりと人のいい笑顔を見せるのは、達海さんのチームメートの後藤さん。何回か話をしたことがあるけど、優しくていい人。どっちかっていうと人見知りする俺でもすぐに馴染めた人だ。

「今日はどうしたの?達海?」
「あ、はい、昨日ここで昼に待ち合わせようってメールが来て…」
「ふぅん?昨日の試合は見た?」
「はい…達海さん、途中退場でしたよね…あ、もしかしてやっぱどっか怪我…?」
「いや、そんなことはないよ。交代のときちょっと凹んでたみたいだったけど、大介くんと会うってことは回復したんだなーと思って。ま、断られてたら余計に凹んでただろうけどね」
「へ?」

凹む?誰が?達海さんが?
ぜんっぜん、想像できない…だってあの人はいつも余裕で自信に満ちた顔を見せるから。

「最近、達海と顔を合わせてないんだって?」
「えっ、どうして」
「あいつがこの前そう言ってた。大介くんと喋れなくて寂しがってたよ」
「…は、?」

寂しい…って、どういうことだろう?
凹むにしろ寂しがるにしろ、達海さんには全く似合わない言葉なんだけど…。

「あいつ、本当に君が大事で仕方ないみたいでさ。喋れない、顔が見えないってそりゃもううるさくって、」
「なーにベラベラ言ってんの、ゴトー。お喋りな男は嫌われちまうぜー」
「…いたのか、達海」
「いましたともー。人の幼馴染みに何吹きこんでくれてんの」
「本当のことしか言ってないが?」
「余計なこと言い過ぎだよ。ごめんな、大介。ちょっと遅れて」
「う、ううん、大丈夫」

後藤さんの後ろから突如現れた達海さんは、こっちに視線を向けるとにこっと笑った。その笑顔を真っ直ぐ見れなくて、つい視線を下げてしまった。





迂闊な俺を叱り飛ばしてやりたい。

昨日メールを送ったあと、なんとびっくりそのまま寝入ってしまった。しかも相当爆睡したらしく起きたら結構ギリギリな時間で。シャワーは試合のあと軽く浴びただけの状態で寝てしまってたし、とにかくすぐに飛び起きて用意をしたけどやっぱ間に合わなかった。

しかも慌てて外に出たら後藤が大介にいらないことばっか言ってやがった。いちいち言わなくていいんだっての。言ったってどうしようもないし、大介だって困るだろうが。ほら、下を向いちゃってるし。

「ほらほら、出かけるんだろー。さっさと行けよ、遅れるぞ」
「はいはい、わかったよ。またな、大介くん」
「は、はい!」
「またって何」
「睨むな、達海。挨拶だよ」

苦笑いしながら踵を返した後藤を見送る義理はないから大介に向き合う。と、大介はぼんやりとした表情で後藤の後ろ姿を見送ってた。…なんか面白くない。

「大介」
「っ、はい!」
「んー、いいお返事。さて、どっか行きたいことある?」
「え…、達海さんがメールくれたから、達海さんに行きたいとこがあるんじゃないの…?」
「んー…俺の行きたいとこでいいの?」
「うん」

久しぶりにまともに顔を合わせたような気がする。さっきまでは視線がなかなか合わないでいたけど、もともと大介はちゃんと人の目を見て喋れる子だ。慣れたら、だけどな。

「じゃあ、あっち」
「…あっち?」
「そう、あっち」

むぅ、と大介の眉間が寄った。まぁ、その気持ちはわからないでもない。俺が出てきたと思ったら、指さした先が元の場所なんだから。

「なんか今日は部屋でごろごろしたい気分なんだけど。どーよ」
「どーよって、言われても…。達海さんがそうしたいなら」
「いいの?じゃ、入りますかね」

くるりと反転して寮に戻る。ぱたぱたと軽い足音が続いて、大介が付いてきた。なんか、すぐ後ろにいるっていうのがくすぐったくて口許が緩んだ。だって小さいときみたいだし。こういう感覚が久しぶりで笑える。

「達海さん」
「んー?」
「俺、寮に入ってもいいの?」
「なんで?」
「だって、関係者とかじゃないし…」
「俺が招いてるんだからいいんじゃないの?」
「なら、いいけど」

遠慮しがちな大介らしい。見えないけど、どこかそわそわしてる感じが伝わってきた。ほんと変わんないよなぁ。子供なんだからもっと図々しくてもいいと思うんだけど、昔から我儘言わないんだもんな。

「はい、到着ー。ようこそ、我が城へ」
「しろ?」
「言葉の綾だよ、気にすんな。はい、どーぞ」
「お、お邪魔します…」

先に入った大介だけど、入口あたりで立ち止まってきょろきょろとしだす。何かあるか?

「どしたの」
「なんか…ちゃんと片付いてる…」
「…そりゃ、俺だってやればできる子ですよ?」
「え、片付けれたの?」
「大介ー?どういう意味かなー?お兄さんに教えてもらえるー?」
「わっわっわ、ご、ごめ、ごめんなさい!」
「許しませーん」
「うわっ!」

隙だらけでガラ空きの脇腹をがしっと掴めば、びくーっ!と大介が背筋を伸ばした。反射的に振り払おうと動いた手に邪魔される前に、遠慮なくくすぐってみる。

「っひ!ひゃあっ!あっ、あははははっ!やめ、やだって、あははっ!」
「大介が俺にあんな失礼なことを言う子だとは思ってなかったしー。お仕置きだ!」
「ごっ、ごめんなさい〜〜〜っ!」

子供といえども体はだいぶ大きくなってる。まだまだ細いけど、身長はそこそこあるし、サッカーしてるから体つきも華奢ではない。そんな大介が必死に抵抗して、俺といえば抵抗されればされるほど燃えるっていうか、余計にちょっかい出したくなって、しばらく二人でバタバタとしてた。
オフでほとんどの奴が出かけてんのかな。うるさいからって文句言ってくる奴はいなかったよ。俺にとっては幸運なことに、そして大介にとっては不幸なことに、な。

「降参?」
「さ、っきからっ、そう言って、る…!」
「はは、悪い悪い」

息も絶え絶えって感じでぐったりしてる大介の手を引いてベッドに座らせる。部屋に備え付けの小さい冷蔵庫から缶ジュースを取り出して渡したら、ちょっと拗ねたような顔が少しだけ緩んだ。

「いただきます」
「ん、どうぞ」

俺も自分の分を開けながら隣に座る。
なんか、久しぶりだ、この距離感。

「これ、久しぶりに飲んだ…」
「ん?そう?」
「達海さんにもらったときしか飲まないし」
「うまいじゃん、買えば?」
「うまい…?んー、変わった味だよ」
「まずい?」
「ううん、平気」
「そっか」

そこからはしばし互いに無言。でもあんまし嫌な感じではない。ちらりと隣を見てみれば、久しぶりに来たせいかきょろきょろと部屋の中を見回していた。

「どーしたの?」
「久しぶりにここに来たから。こんな感じだったなぁって…」
「そんな久しぶりだっけ?」
「うん」
「もっと頻繁に来てもいいのに」

あ。しまった、本音が思い切り出ちゃった。
と、思ったら。

「ヤダ」

…思い切り拒絶されました…。

「え、なんで?」

そしてなんで俺はこんなにもダメージを食らってるんでしょうか。顔には出てない自信があるけど。でも内心ではぐっさぐさきてます。

俺、そんなに嫌われるようなことしたかなぁ…。

「…邪魔したくないから」
「へ、」
「達海さん、プロの選手なんだから、俺がいても邪魔にしかならないもん」
「なんねーよ?」

邪魔ってなに?どうしてそうなんの?俺は大介がこんなにも大切なのに。
傍にいてくれたら、それだけでうれしくなるのに。

「…なんないの?」
「なんないってば」
「…うそ」
「なんでうそになんの。俺がならないって言ってんだから、ならないんだよ」

大介の真っ黒い真ん丸な目がますます丸くなる。
落っこちちゃいそう、なんて思ってしまって、気が付いたらほっぺたに触ってた。

「だから俺の傍に来なくなったの?」
「え」
「最近、避けられてるなぁって、なんとなく…。俺、大介に何か嫌われるようなこと、した?」

ちょっと、ズルイ訊き方だなぁとは思う。こう訊かれてうん、と答える奴はそういないだろう。とくに大介みたいなタイプはね。嘘でもいいから、嫌いじゃない、と言ってほしいんだろうか、俺は、大介に。冗談でも、嫌いと言われたら、きっと立ち直れないとは思ってんだけど。

「嫌い、」
「え」
「…なわけ、ない」





嫌い?と訊かれて、うん、とは答えれない。本当に嫌いだとしても、はっきりそうとは言えないのが俺の性格だってわかってる。
でも、この質問には嘘でも嫌いだなんて言わないよ。言えるわけがない。俺が達海さんを嫌うなんて、そんなこと有り得ない。いつまでもぐずぐずと悩んでばっかの自分は、嫌いだけど…。

ゆるゆると頬の上を辿る指がくすぐったい。さっきくすぐられたときとは違う感覚にちょっと戸惑う。
最近、俺があまり達海さんに会わないようにしていたせいか、この近い距離にもドキドキしてしまう。すぐ隣に体温を感じるくらいの近さにだんだんと顔が熱くなってきた。それは触ってる達海さんにすぐばれたんだろう。小さく笑われた。

「あったけー」
「…達海さん、ちょっと…」
「さすがに日に焼けたな」
「ん、んん、いつも外で部活してたし…」
「走り回ってたもんね、お前。犬っころみたいに」
「なにそれ」
「可愛いーって、褒めてんだよ?」
「全然うれしくない」
「そう?」
「…うれしいくないってば」
「大介が可愛いと俺がうれしいんだけどね」
「なんで」

反射的にそう訊いたら達海さんはにんまりと笑った。

「そんな大介がすっげー好きだから」
「―――は、」
「だって昔から俺にべったりで可愛くてしかたねーんだもん。だから最近はちょっと淋しくってだなー、まぁ大介も中学生だし?来年なんて高校生になるし?いつまでもお兄さんの後ろにいるばっかじゃダメってのはわかるけど?でもやっぱあからさまに避けられたらそれはそれですげー悲しいことでだな」

撫でていたはずの達海さんの指がむぃ、と俺の頬を抓った。痛くはない、けど、俺きっと変な顔してる。

「俺のこと、嫌いじゃないなら必要以上に離れていかないでよ」
「…だって、俺、邪魔になるって思ってた…」
「そんなこと、あるわけないだろ。昔からずっと一緒にいるのに」
「…いいの?これからも、…」
「うん?」
「これからも達海さんの傍にいていい?サッカー続けて、もしかしたらそこでも達海さんの隣に立てるかもしれないって、そう思ってていい?」
「…いいよ。大歓迎」

達海さんが笑う。にこりと、優しく。よく見る人の悪い感じじゃなくて、本当に、優しくて優しくて、…油断したら泣いてしまいそうな。

「ま、簡単には並ばせないけど?俺だってまだまだ上達するからな!」
「待っててくれないの!?」
「1部リーグのピッチの上で待っててやるよ」

摘まんでた指でまたするりと撫でられた。

「早く追いついて来いよ。それまでずっと俺だけ見てろ」

ニ、と唇をあげて笑う達海さんが初めて見る人みたいに思えて、心臓が跳ねた。





年上の人の考えってわかんない。大人って難しい。
でも早くこの人の隣にいれるように、早く大人になりたいって、今日ほど強く思った日はない。





何度でもきりしよう




thx 空想アリア





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