ドラキュラ達海×神父椿


「つーばーきー、どこいくの?」
「…礼拝堂です。達海さんも一緒に行きますか?」
「デートのお誘いならもっと色っぽいとこがいいなぁ」
「失礼します」
「あー、ほらほら、逃げないの。いいじゃん、俺とここにいようよ」
「仕事!ですからっ!」
「にひー、この格好いいよねー、脱がせたくなる…」
「…っ!」
「いって!」

襟元に伸びてきた手に、反射で首からさげていた十字架を押し当てた。
バチッと静電気のような音が鳴り、達海さんは眉をしかめて手を引っ込める。

「容赦ないね」
「…っ、貴殿方のような人たちに、与える容赦はありません」
「人、ねぇ?」
「…っ、」

にぃ、と片頬を上げる笑い方をする達海さんから視線を逸らして足早に横をすり抜ける。

「邪魔はしないでください」
「うん、いってらっしゃい」

重厚な木の扉を閉めてしまえば、しんと静まり返った廊下に人の気配はなく、無意識に詰めていた息を吐き出す。

―――この扉のように意識も遮断できればいいのに。

ちらちらと脳裏から離れない、あの真意を読み取らせない悪戯めいた表情を見せる人を振り払うように廊下を進んだ。





「おかえりー」
「…何をしてるんです?」
「読書。暇だし」
「…何の、本を」
「エロ本。…て言いたいとこだけどここにそんなもんないし。これだよ、これ」

閉じた本をひらひらと振って見せる。
もう表紙の文字は掠れてしまっているけれど、革の装丁で丁寧に作られたその本は今までに何度も手に取り、親しんだもの。

「聖書を読む吸血鬼なんて、初めて見ました」
「うん、俺も初めて読んだよ。なかなか興味深いね。つーかさ、」

聖書を脇の小机にことりと置いて、にこ、と達海さんに笑いかけられる。

「椿は俺以外の吸血鬼に会ったことがないんだから、俺が何したって初めてなんじゃん。違う?」
「…違いません、けど」
「だよねー」

にこにこと機嫌よく笑う達海さんに怪訝な表情を浮かべてしまう。

悪い人、ではない。それは確かに。でも、明らかに俺たちとは違う生き物。人の形をした、化け物。

「どうしたの、そんな険しい顔して」
「達海さんが警戒させるからです」
「警戒?あぁ、俺、椿たちからしたら化け物だもんねー。何もしてなくってもそうなるか」

思考を読まれたような気分を味わって、じわりと背中に嫌な汗が流れる。
そんなことはないとわかってるけど、不思議な色合いを見せるこの瞳に見据えられたらそれも有り得るんじゃないかと思えてしまう。…特に、俺は嘘や誤魔化しが苦手だし。

「でもそんなにビクビクしなくていーよ?別に何も企んでないし」
「ビクビクなんてしてません」
「そー?椿っていつもビクビクおどおどしてるからさぁ」
「…してません」
「怯えた小動物って感じで可愛いからいいけど」
「…」

もうこれ以上は関わらないことにする。何を言ったってのらりくらりとかわされては訳わからないことを言われて終わるんだから。

「あれ?怒った?」
「いいえ」
「怒っても怖くないけど…あああ、待って、袖口から聖水出さないで。さすがにそれぶっかけられたら大火傷だから、ね?」

へらり、と笑う顔を横目に見ながら取り出した小瓶をしまう。

これだけで滅せれるモノもいるのに、この人なら火傷程度にしかならない。それはつまり、それだけ達海さんの力の強さを示してる。そしてその危険性も…。

「椿ー」
「はい?」
「腹減った」
「…着替えてきます」
「ここで脱いでくれていいけど?その方が燃えるっつーか、滾るっつーか」
「一晩、空腹に耐えてみますか?」
「いやん、椿くんたら意外とドS〜」

けらけらと笑う達海さんを置いて部屋を出る。簡易とはいえ神に仕える者としての格好のままで達海さんの食事に付き合うのは無理があるからだ。
自室で普通の服に着替え、でも長年の習慣で十字架は身に付ける。防衛というよりは本当にただの習慣。ないと落ち着かないから。

着替えるときに置いた小瓶が視界に入った。
安全を考えるならこれも持ち歩くべきなんだろう。ただの火傷程度だとしても意識を逸らして隙くらいは作れる。

つ、と冷たく滑らかな曲線に指を這わせた。中に入った液体は無色透明で光を通して歪んだ影を机に描く。
どこか滲んだようにぼんやりとしたそれは今の自分を表してるようだ。

聖職者という立場、神に仕えるはずなのに実際は組織に組み込まれ、上からの命令には逆らえない。
いや、ただ命令に従ってるだけならいいんだ。でも俺は心のどこかで、今の生活を望んでいるんじゃないのか。奇妙な同居人と暮らす、この歪で不自然な日常を。

続くはずがないのに。成り立つわけがないのに。
それでも一日でも永くなるようにと願って―――。

「椿」
「っ!? た、達海、さ…っ!何で部屋から出てきてるんですか!」
「だって椿が遅いから」
「ちゃんと行きますよ、もう、そんなにお腹が空いたんですか?子供みたいな…」
「違う」

ぐ、と腕を掴まれた。その達海さんの腕は服がずたずた切り裂かれ、血が流れてる。

達海さんが日頃いる部屋は一種の結界だ。俺たちは自由に行き来できるけど、達海さんは出れない。だから無理に出ようとすると無傷ではいられない。
命の危険性はないけど、それでもこんな大怪我を負ってまで無理に出てくる必要なんてないはずだ。

「無茶を…っ、」
「椿?」
「無茶をしないでください!平気な顔してもこんなひどい怪我なんですよ!?」
「すぐ治るよ。知ってるだろ?血も止まってるし、ほら、傷も塞がりかけてる」
「それでも、痛みはあるでしょう!」

傷だらけになった腕を外して、反対にこちらから手を這わす。小さい傷は塞がってるけど、そうじゃないところはまだ痛々しい。流れた血は固まって黒っぽくなってる。

―――暖かい腕だ。生きてる人間と同じ体温。この皮膚の下には俺たちと同じように赤い血が通ってる。
でも俺と彼は違う。その違いが決定的すぎて、一緒にはいられない。ごく自然に、当たり前に、隣に立つことができない。

「椿」

逆の手で頭を撫でられた。

「あっ、すみませ…っ、包帯と着替えをすぐに持っていきますから、先に部屋へ行っていてもらえますか?」
「椿、渇いた」
「え…っ、わ!」
「腹、満たすよりもこっちのが先」
「まっ、待って達海さ…っんんっ」

頭を撫でていた掌が後頭部に回され、その次に端整な顔が近づいた。
制止の声をあげるけど、そんなのが聞いてもらえるわけもなく唇に吐息がかかり、すぐに重ねられた。

二、三度啄むように触れ、思わず緩んだところにぬるりと舌が入ってくる。
口内を好きに舐められ、舌を絡め取られ持っていかれて、歯を立てられた。それでも動きはあくまでも優しい。

ただただ緩い高揚感だけを与えられて息があがり始めた頃、ようやく解放された。
足許がふらついて、達海さんに支えられる。

「大丈夫?」
「は、ぃ…」
「悪い、急すぎた」
「いえ、…大丈夫です」

達海さんの言う『渇く』という感覚がいまいちわからず尋ねたことがある。達海さんは長くひとりで生き続けてると人との触れ合いに飢餓感を抱くようになると言った。それを解消するためには他人と実際に触れ合うしかないんだ、とも。

触れ合うといっても手を繋ぐとかそんなものではない。俺が女だったらもっと手っ取り早くて効果的(という言い方を達海さんはした)な方法が取れるが、俺相手ではこうするしかない。
だからときどき、達海さんとはこういったことをする。
非常に不本意だ。この行為に嫌悪を抱かない自分が。

「満足しましたか」
「ぜーんぜん。ちょっとマシになっただけで解消なんざするわけないじゃん。ま、これ以上したらそこに置いてある聖水ぶっかけられそうだからやめたけど」
「そ…っ、」

そんなことしません、と言いかけて止める。
俺が達海さんに心を開きかけてるということに気づかれてはいけない。そこは越えてはいけない一線だから。万が一、越えてしまったら…きっともう二度と一緒にはいれない。

「それに、気づけてよかったですね」
「わぉ、棒読み。結構いい性格してるよね、椿って。誰に似ちゃったの?」
「知りません。それよりも達海さんは早く部屋へ。手当てをしますから」
「このまま飯にしたいんだけど…」
「…っだめ、です!」

つつ、と肌の上を滑った指を叩き落として一歩下がる。
触れられた首筋が熱い。そこに手を当ててキッと睨むと、噛まないよ、と笑う。

「部屋で待ってたらいいわけね」
「はい。というか、常にそうのはずですが」
「たまにやんちゃしたくなんのよ、男の子だから」
「…すぐに行きますから」
「うん、待ってるよ」

そう言って先に部屋を出た達海さんの後姿を見送って、机の引き出しから指先を切るための小型のナイフを取り出すと、それだけを手にして俺も部屋を出た。
とりあえずは救急箱と、達海さんの着替えを取りに行くことにする。たぶん手当てのときにまた一悶着ありそうだけど、どうにかする。現状、達海さんに必要な血液を提供できるのは俺だけだし、それを盾にしてなんとかしよう。

だから、あの小瓶は必要ないんだ。





おとなしく待つのは性に合わないけど、それでも従うのは、それを望むのが他でもない椿だからだ。

自由気ままに生きていたけれど、うっかり身柄を拘束される羽目になった。まぁ、多少弱ってたときとはいえ、油断してた俺が悪い。でもすぐ逃げ切れると思ってたのにそうならなかったんだから、最近の人間の執念ってのはすごいもんだ。さすがに年貢の納め時かなーって覚悟しかけたけど、どうやらこの組織の連中は俺を殺さずに生け捕りにすることにしたらしい。それならそれで好都合、様子を見て逃げようと思ってた、けど。

何にも囚われずに生きてきたのに、あの黒い瞳に出会ってしまったから。

『監視役に参りました。椿大介と申します』
『監視?』
『はい。食糧も兼ねて、ですけど』
『意味わかって言ってんの?』
『そのつもりです』

気丈さを保ってたけど、緊張気味に伸ばされた背筋と少しだけ震えた語尾、微かに揺れる瞳に意識を奪われた。

それから俺はこうしてここに居続けてる。
椿がそれを望むから。椿が傍にいてくれるから。

だからこそ、椿がいないときに不安に駆られる。
今日もそう。着替えると言って出て行った椿がなかなか戻ってこないから、気が付いたらあいつの部屋の前にいた。怪我のことなんて考えもしなかったよ。痛みも感じなかった。だけど椿があんなことを言うから。あんな真っ直ぐな目で、強い視線で、叱りつけるように俺を心配してくれるから。

「だから、欲しくなるんだよねぇ…」

どうやったらお前を手に入れれるんだろう。
化け物と、それを倒す者と。俺とお前じゃこんなにも立場が違うのに。違う立場だから出会ったんだけどね。そして俺はお前に惹かれた。

聖職者の衣服と十字架と、聖水と。邪魔になるものを全部取っ払ってしまったらいいのだろうか。
でもそんなことをしたらきっと椿は泣いてしまうかな。自分の全てを捧げた神を奪われるようなものだしなぁ…。

その何万分の一でもいい。俺が怪我をしたり傷ついたりすることに涙してくれないだろうか。
もし椿が俺のために泣いてくれるなら、それだけでもいいような気がする。

与えられた部屋に向かう途中、立ち止まって振り返る。
真っ直ぐに伸ばされた背が足早に廊下を進んで行くのが見える。もうほとんど塞がった傷のために急いでくれてるんだろう。どうして俺にまで優しくするの。ますます手放せなくなっちゃうじゃん。

「何をしようと、どこに行こうと、それは椿の勝手だけどさ…」

遠ざかる姿に腕を伸ばす。

「必ずここに、帰って来いよ…椿」

この腕に囲ってしまえたら、それはどんな甘美な夢。















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