「椿くんはねー、向こうの控室だね!はい、場所はこれで確認してから行ってね」
「へ?」
「今回はね、選手をシャッフルしてチームを決めてるから、控室もみんな違うとこを使うの。うちでそこを使うのは椿くんだけだから、迷子になっちゃだめだよ?」
「う、そ、それはさすがに大丈夫です、永田さん…」
「そっか、そうだよねー!ごめんごめん、つい心配になっちゃって。あっ、そろそろ行っといた方がいいよ、椿くん!がんばってね」
「は、はい!ありがとうございます!」

いってらっしゃい、とにこやかに永田さんに見送られ、確認用として見せてもらった案内地図を頭に思い浮かべながら通路を進んだ。

今日は一部リーグのチーム全体で行う、ファン感謝祭のようなイベントの日だ。本当なら俺みたいなのじゃなくてオールスターに選ばれるような選手たちがメインになるんだろうけど、何故か俺はここにいる。ちなみにETUからは他にも何人かが選ばれた。それが俺から見ても基準がよくわからなくて、噂では監督がクジ引きで決めたとかなんとか…本当のところは知らないけど。

俺がここにいていいのかなっていう不安は付きまとうし、緊張に弱いからさっきから心臓がばくばくしてるけど、でも少しでもいつも応援してくれてるファンの人たちにお返しができるんなら、と思ってる。サッカーはひとりじゃできない。チームだけでやるものでもない。みんながいてくれてこその、俺たちだから。

「えっと…あ、ここかな」

扉を前に、もう一度深呼吸。あまりはっきりとは聞こえないけど、物音や話声がするからもうすでに来ている選手がいるんだろう。同じチームの人はいないから、全員が言ってみれば敵なわけで、もちろん今日はそういうんじゃないけど、でも、だからって緊張しないわけにもいかず…。

「…ETUの椿?」
「わぁっ!」
「…すまん、そんなに驚くとは」
「へ、あ、いや…あっ、いっ、岩淵、さん!」
「入らないのか?」
「は、入ります!」

せっかく深呼吸で落ち着かせた心臓がまた慌てだした。だって目の前に日本代表選手がいるんだ、こうなるのもしかたない。俺にとって代表に選ばれる、なんて想像もつかない話で…、あれ?

「岩淵さん、俺の名前…」
「それぐらい知ってるが?」
「はわっ!き、聞こえ…っ!」
「耳は悪くない。行くぞ?」
「はいっ!」

独り言がおもいきり普通の声の大きさで出てたらしい。
でもびっくりした。まさか岩淵さんが俺の名前を知ってるなんて思いもしなかったから…ちょっとうれしい、かも。

扉を開けて先に入る岩淵さんの後を追うように控室に入る。
案の定もうすでに何人もがそこにはいて、一気に注目を浴びてしまった。けど、それはきっと岩淵さんがいるからだよなぁ。やっぱ代表選手ってすごい。

「えっと、ロッカーは…」
「好きなところを使ったらいい。早い者勝ちだぞ」
「はっ、はい!あ、城西さん」
「この控室だったんだな、椿」
「はい、あの、今日はよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」

にこっとさわやかに笑うのは東京Vの城西さん。困ってるとこに声をかけてくれるなんて、いい人なんだ…。

「椿にはいつもうちの持田が迷惑をかけているだろう。すまんな」
「へっ!? い、いやそんなことはないですよ?」
「ならいいんだが。もしあいつ絡みで何かあればすぐに言ってくれ。対処する」
「はぁ…」

何かって何だろう、と思ったがそれは口にしないことにした。そうしてる間に城西さんは片手を上げて離れていき、俺もそろそろ着替えなきゃ、とロッカーに向き合った。

「アーッ、ツバキ!ツバキダヨー!」
「いっ!? あ、川崎の…」
「カンチャンスヨー!ツバキ、ヒサシブリネ!ゲンキー?」
「あ、うん、元気だよ」

片言の日本語にそう返事をしたら、川崎の姜昌洙さんはうれしそうににっこりと笑った。無邪気そのものな表情につられてこっちも笑顔になる。俺より年上のはずだけど、妙に子供っぽい…あ、でもうちでいえば世良さんもこんな感じかな?

「キョウハ、オナジチームネ!タノシイネ!」
「楽しい…?あ、楽しみ、てこと?」
「タノシミー!」
「わぁっ!」

何回か試合でお互いに顔は合わせてるけどマッチアップしたわけでもないのに、どういうわけかこうやって懐かれてる。しかもスキンシップというか、コミュニケーションに遠慮がない。同じアジア圏でも国が違えばこうも変わるのだろうか?思いきり飛びつかれて、なんとかロッカーによりかかってこけるのを防ぎながら、そんなことを考えていると、くっついていた姜さんの襟首を誰かが掴んだ。

「ワッ、ナニスルヨー!」
「いよーう、椿!久しぶりだな!」
「は、八谷さん…!」
「ハチヤ!ハナスヨー!」
「まさかお前と同じチームで戦う日が来るとは思わなかったぜ、椿…」
「はぁ…」
「お前の実力は俺が認めたものだ。だがな、それは俺がお前に負けているというわけでは決してない!見てろよ、椿!今日はお前にタイミングばっちりなパスを華麗に送ってやるからな!心して受け取れ!」
「ハチヤー!クビシマッテルネ!」
「はっはっはっ!俺に惚れるなよ!?」
「や、それはないですが…そろそろ離してあげないと…」

じたばたともがいてた姜さんの動きがだんだんと力のないものになっていってる。え、あの、これもしかしなくてもやばいんじゃ…息、できてる、よな?

「八谷!いい加減に離してやれ!」
「おっと、忘れてた」
「ヒ、ヒドイ…!」

こころなしかよろよろしてるような姜さんと豪快に笑ってる八谷さん、そのふたりに注意をしている城西さんをただ呆然と眺めてると、トントンと誰かに肩を叩かれた。

「? あ…っ」

ニー、と笑って傍に立っていたのは名古屋のブラジルトリオのひとりだった。名前はえっと…ペペ、さん?

「えっと…こんにちは…」
「…」
「…は?」

通じないだろうなぁと思いながら一応挨拶をしてみたら、おもむろにあんパンを取り出して差し出してきた。
受け取れってこと?ていうかなんであんパン…?

『あっ、だめだろ、ペペ!試合前に食べたりしたら!』
『あー、おいしそうだねぇ〜。ツバキ、こんにちは〜』
『えっ、ツバキ?あっ、ほんとだ!』
『今日はひとり?こっちにETUの選手は他にいないんだね』
『そうか、ツバキとゲームを…なかなか楽しいことになりそうだな』
『なんだかうれしいね〜』
「えっ、えっ、え…!」

ペペさんの後ろから、ブラジルトリオの残りふたりも姿を見せた。何を喋ってるのかさっぱりわかんないけど、俺に何か言ってるのはわかる。答えれるものなら答えたいけど…やっぱり何のことだか全然わかんない。

それに…ゼウベルトさん、と、カルロスさん―――だったかな―――の喋ってる後ろで、ペペさんがさっき取り出したあんパンを食べ出しちゃったんだけど…!これから試合なのに、どうなんだろう?ブラジル人は平気なのかな?

『あーっ!だからペペ!食べちゃだめだって!』
『試合が終わったら僕も食べようかなぁ』
「…」

マイペースに食べながらどこかへ行こうとしたペペさんに、ゼウベルトさんが慌てて追いかけていって、カルロスさんがのんびりとふたりの後ろをついていく。
現れたのも突然なら、去っていくのも突然。相変わらず心臓に悪い人たちだな…。

「あっ、やば、いい加減に着替えなきゃ…!」

ついぼんやりとしてしまってたけど、こうしてる間にもどんどん時間は過ぎていく。早く着替えてアップとかちゃんとしないと…。

「椿、まだ着替えてなかったのか?」
「し、城西さん、すみませ…っ」
「いや、責めてるわけじゃない。焦らなくていいぞ」
「椿、着替えれたらアップに付き合ってくれ」
「えっ!」
「待て、岩淵。何故そうなる」
「いいだろ、別に。城西に文句を言われる筋合いはない」
「じゃあ俺とならいいだろう、椿!」
「「だめに決まってるだろう、八谷!」」
「え、え…っ」

ただ着替えてただけなのにいつの間にこんな状況になったんだろう?
城西さんも岩淵さんも八谷さんも、睨み合っててなんかすごく怖い雰囲気なんだけど…。

(と、とりあえず着替えて、それで…えぇと、この三人はどうしたらいいのかな…)

着替えは済んだけど、目の前の人たちをどうしていいのかわからずにおろおろとしてしまう。どうするも何も、どうしてこうなったのかよくわからないし、それに三人とも俺が何か言えるような人たちではないし…あぁ、でもこのままじゃよくないよな、だって始まる時間はだんだんと近づいてるんだし…!

どうしていいのかわからないけど、とりあえず声をかけようとしたタイミングで肩を叩かれた。思ってもないタイミングだったから声も出ないくらいに驚いて、ただ肩だけがびくりと跳ね上がる。

「あ、すみません、驚かせて…」
「く、窪田、さん?」
「俺たち、同い年ですよ、椿くん」
「あ、そか…えっと、窪田、くん?」
「わは」

不思議な声を出した窪田くんはにこりと笑うと俺の腕をとった。

「行きましょう」
「え?あの、でも三人が…」
「大丈夫ですよ、ほっといても。時間が近付いてるから」

行きましょう、ともう一度言われ、思いの外強い力で腕を引かれた。そのままするりと控室を出てしまう。
いつかも記者さんたちの間をすり抜けていってたけど、すごいなぁって思う。どうして誰にもぶつからずにこんなことができるんだろう?

廊下に出たらいろんな関係者の人たちもいてさっきよりもずっと騒がしくなってた。ちらほらと選手たちも見える。そんな中を緩く手首を掴まれたまま、ふたり並んで歩いた。

「同じチームですね」
「え?うん、そうだね」
「うれしいです。きっと楽しい試合になりますよ」
「うん。いい試合にしたいね」
「椿くんと一緒にサッカーができるなら、それだけでうれしいです」
「…」
「? どうしました?」
「どうって…窪田くん、結構恥ずかしいこと、言ったよ…?」
「そうです、か?」
「うん」

結構すごいことを言われたような気がする。そう言ってもらえるだけの選手だと自分では思えれないけど、すごくうれしい。照れるけどね。
それに、そう言ってくれたのが窪田くんだから余計にそう思えるのかも。俺と同じ年で、代表の経験もあって、あんなにも得点に絡む選手。憧れとはちょっと違うけれど、でも意識せずにはいられない相手だから。

「俺も、」
「え?」
「俺も窪田くんと一緒にサッカーできてうれしい。勝てたら、もっとうれしいよね」
「はい、勝ちましょう」
「うん、そうだね」

わはっ、とまた窪田くんが笑ったから、俺もつられて笑ってしまった。

緊張がほどける。気分が高揚する。きっといい試合になるよ。そう、予感がする。

スタジアムから届くサポーターたちの声が、だんだんと大きく響いてきた。





彼らにあれ!









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