5000のinvidiaの続き


自覚をした途端に問題が山積みになった。性別、立場は言うまでもないんだけどそれ以前に、椿大介という人間が相手っていうのがもう大問題なんじゃないかと思うわけだ。





「つーばーきー!」
「っわ!世良さん、」
「一緒にアップしようぜー」
「はい」

椿と世良がじゃれ合ってるのはよくあることだ。年が近いせいか仲がいいし、世良の方が年上だけど小柄で、なんかこのふたりが一緒にいるのを見ると妙に和む、とかって前に後藤が言ってたけど、納得もした。なんていうかこう…小動物みたいなそんな感じ。
でもって、この小動物×2が揃ってるとこには…。

「世良さん、それどう見ても椿と遊んでるようにしか見えないっすよ」
「真面目にやってるだろ、赤崎!」
「椿ー、今朝お前の部屋で携帯鳴ってたけど、また忘れてきた?」
「…っあ、忘れてた!ありがとう宮野、昼休みに取りに行ってくる」

赤崎と宮野。こいつらも同年代、しかも宮野と椿は同期。フットボールがチームでするものである以上、仲がいいのはいい。監督としては大歓迎。それにちゃんとライバル意識みたいなもんも根底にあるしね。

「お前ら騒いでないでちゃんとアップしろよー、って、ガブリエル!」
「ダイスキー!」
「わぁっ!ちょ、ガブリエル!? 飛びついちゃだめだって!」
「いまガブ、ダイスキって言ってませんでした…?」
「え、上田、ほんと?ガブ、俺の名前は大介、だってば」
「ダイスキ?」
「…発音しにくいのかな…」
「いやこれ絶対わざとだろ」
「? 何がですか、キヨさん」
「ん、いや、何でも。気にすんなよ、椿」
「はぁ、わかりました」

…うん、まぁ、フットボールって結構スキンシップ多いし?

「あれー、どうした椿、髪ぐしゃぐしゃになってるぞー」
「え、はわっ、ガミさん!」
「寝ぐせ?」
「ちが、います!さっきガブが飛びついて来たから…」
「え、なにそれ羨ましい、俺もやる」
「うわあっ!タンさん!」
「あー、椿ってなんかちょうどいい大きさしてんね」
「あ、それなんかわかるわ、タンさん」
「うぐぅ…」
「おい、椿が潰れてるぞ」
「あらら」
「ちょっと堺くん邪魔しないでくれるー?」
「何の話だ?」

よしよし、堺、よくやった。だがしかし早く椿の肩から手を離しやがれ。

「椿、ちょっといいか」
「はい!コシさん!」
「「あー、逃げられたー」」
「…バカしかいねぇのか、ここ」

村越に呼ばれた椿が一直線に走っていく。犬ねぇ…癪だけどうまい例えだよな。
あ?そういや自称飼い主はどこに…。

「やれやれ。ボクの飼い犬は誰が主人なのかわかってないのかな?」
「…おわ、なんで後ろに」
「タッツミーの方がボクより早く着いたからだよ」
「のんびり構えんな。それただの遅刻だろ」
「今日も可愛がられてるねぇ、バッキーは」
「聞けよ」

村越と緊張気味に喋る椿を視界に入れて、ジーノは機嫌よさそうに口角を上げた。

「タッツミー、わかってるとは思うけど、万が一にでもバッキーを泣かせたりしたら…」
「うるせぇ、お前には関係ない」
「ずいぶんと機嫌がよくないね。あの子がみんなに構われるのはいまに始まったわけじゃないというのに」
「…」

ふふふ、と含み笑いを見せてグラウンドへ向かうジーノの背中を思わず睨んでしまった。

言われなくてもよくわかってることを改めて指摘されると腹が立つもんだな。
椿がどういう奴かなんて、言われなくてもわかってんだよ。監督として、選手の椿も見てるけど、達海猛という個人として、椿大介を見てるんだ。誰かと比較することに意味はないが、俺って誰よりも椿のことを知ってるんじゃないかと思うね。

知ってるから、次の手を出しあぐねてるわけだけど、な。

「…長期戦は覚悟の上、だしな」

全員揃いましたよ、と松ちゃんに声をかけられ、グラウンドに足を踏み入れた。





「やーっぱ勢いに乗ると強いよなぁ、椿は」

テレビの画面に映る試合を見て、贔屓目なしにそう思った。調子が良ければその脚で中盤から前線までを掻きまわし、流れをこっちに引き寄せる。うまくゲームに入れば日頃のチキンっぷりも鳴りを潜めて大舞台を味方につける。こんな選手はそういないだろう。難を言えば、やはりなくならないムラッ気だろうけど。

「その出来の良さを本番でもしっかり発揮してくれたらいうことなしなんだけどねぇ、椿くーん?」

聞こえてきた芝を蹴る音ににんまりと口角が上がる。やっぱり来たか。昼間、相当調子が良かったもんね。まだまだやり足りないって思ったんだろ?

「よっこいせー、っと」

テレビの電源を落として、直接座っていた床から立ち上がると腕を伸ばす。ついでに首を回したらゴキゴキとなかなかいい音がした。おぉ…大丈夫かな、俺。
なんかまだ首に違和感あるなぁと思いながら部屋を出て、目指すはグラウンド。間違いなく椿がひとりで自主練をしてる、その場。ギャラリーのいないピッチをひとり戯れるようにボールを蹴る姿を簡単に想像できて、笑った。

「…いいねー」

急ぐこともなくのんびりとやってきた暗いグラウンドにはボールの蹴る音が響く。リフティングでもしてるのだろう、芝を蹴って走る音はしない。ぼんやりとした明かりに照らされた椿の表情はうまく見えないけど、テンポよく跳ねるボールが楽しそうな雰囲気を伝えてくる。確かに椿は嘘をつけないタイプではあるが、それがそのまんま物を通じてくるんだから相当だ。ガキめ。

プレッシャーとかから解放された椿のやるフットボールは本当に見てて飽きない。ただ楽しくてしかたないんだって、もっとやりたいんだっていう気持ちがそのまま見えるようだ。誰だって最初はそういう気持ちだったはずだ。それがここまで持続できて、少しもぶれない。誰かと繋がっているためのツール。それが椿のフットボールだから、なのかもしれない。
状況も事情も人それぞれだ。でも俺はこいつのフットボールが好きだ。すっげえシンプルだけど、それ以上に大事なもんを教えてくれるみたいで。好きなものは好き、楽しいものが楽しい、そんな気持ちはずっと持てそうで、実はそうでもない。この世の中はそう単純にはできてないから子供のままでいれないのは当たり前だけど、それでもこの純粋さを否定はしたくないよ。

「椿」
「―――っ!!」
「すっげー空振り。こけんなよ」
「ぅあ、あ、かんと、く…!」
「はい、達海監督ですよー」

声をかければ笑えるくらいに椿が慌てだした。
おいー、そんなにバタバタしてもしょうがないだろ?いまさら姿を隠すわけにもいかないんだからよー。

「調子はどうよ」
「あ…っ、えと、いい、です」
「絶好調?」
「えええっ!? そ、そういうわけでもないですけど…っ」
「楽しそうにやってんじゃん」
「…楽しいです、から」

あー、俺ってほんと椿のこと好きだよね。って、思う。こういうとこ見たら。

表情に強張りがひとつもなくて、はにかむように笑って、ふんわりと空気が和む。試合中の闘争心溢れる顔も好きだけどね、やっぱこういうちょっと抜けたようなのがいいわ。誰にでも見せる姿じゃないだろうし、そこんとこポイント高いっつーか、あー、かわいい。

「監督は…?」
「ん?あー、俺はちょっと気分転換に出てきただけ。だから続けてていいよ」
「え」
「っていっても、緊張しすぎて無理かー」
「う、あ、はい…」
「あっさり認めちゃうんだ」

ニヒヒ、と笑ってみせると椿はさっと頬を紅潮させて俯いた。ありゃ、叱ったつもりはないんだけど。

「俺、ほんとだめで…」
「まぁ、自覚してんだから全然だめってことはないんじゃない?お前が努力してるの、俺はよく知ってるし、それを評価もしてるよ。試合で結果も出せてきてる。得点に絡むのも少なくない。ムラッ気は確かにある…でも俺は、お前のプレースタイル、結構好きだけどね?」
「…っ」
「あり?照れた?」
「だっ、だってそんな、真正面から…!」

俯いていた椿が弾かれたように勢いよく顔を上げたと思ったら、さっきよりもずっと真っ赤になってぱくぱくと口を開けたり閉めたりと忙しくしだした。光量が少なくてはっきりとはわからないけど、目も潤んでるみたいに見える。

「なんだよ、うれしくねえの?」
「う、うれしい、ですけど…!でもそれ以上に恥ずかしいです!」
「そ?真っ赤になっちゃって…」
「うぅ」

居たたまれないのか肩を落としてまた俯くから、目の前に映る黒い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやった。汗で湿っぽくなってて手触りがいいとは言えないけれど、子供みたいに柔らかいそれに自然と笑みが浮かぶ。

可愛いなぁとか、好きだなぁとか思うことは多々ある。そして愛しいなぁ、とも。何気ない瞬間にこれ以上ないってくらいに愛しくてしかたなくなる。
そして同時にやっぱり手に入れたいと、そういう獰猛な衝動も起きる。

「か、んと…?」
「汗、すげえな。タオルは?」
「あ、あそこのバッグの中にあります…」
「早めにシャワー浴びないと、風邪引いちゃいそうだな」
「えっと、そろそろ切り上げます…」
「ふぅん?」

触れた指先から椿の動揺が伝わるようだ。
俺がどうしてこうしてるのか、これからどうしたいのかがわからなくて固くなってるのだろう。…実は俺もいまいち自分が何したいのかよくわかんないんだよねぇ…とりあえず触りたくて触ってるんだけど。

「俺らってあんま身長変わらないな」
「え?え、あ、はい」
「お前、目ぇでっかいなー」
「そ、ですか?」
「うん、きれい」

真っ黒で真ん丸の目がじっとこっちを見てくる。
髪に触れていた手がするすると下がってこめかみから頬へと伝って下りた。指先で目の下をゆっくりと撫でる。

「これから先、椿はどんなものを見るんだろうな」
「監督…?」
「どんなピッチを見るんだろうな。世界中の選手が揃った、そんな大舞台もいつか目にするのかもな」
「…っ」
「俺は、そこに立つ椿が見てみたいよ」

触れた掌に熱が集まった。
それと同時に周りの空気の冷たさを感じた。

「っと、これ以上ここにいたら本当に風邪引くな。椿、もう上がれ。ちゃんと汗の始末してゆっくり休めよー」
「監督」
「んー?」
「俺は、監督のいるこのチームで、…その、…」
「?」
「いろんなものを見たい、と思います。そのためにも、強くなりますから…監督のために、がんばります」
「―――」

真っ直ぐ、ただ力強い視線の先にいるのは間違いなく俺で。
ぞくぞくと背筋が震えた。

なぁ、椿。
お前、何回俺に惚れ直させるの?

「そりゃ、楽しみだ。とりあえずチキンをどうにかしなきゃな」
「うっ」
「ははっ、その辺りは長期戦といこうぜ。しっかり鍛えてやるよ」
「はい!」

いい返事に褒めるように頭を撫でてやる。妙な悲鳴じみた声があがったけど、無視無視。いちいちリアクションがおもしろいこいつが悪い。椿が椿だから手を出しあぐねてるわけだけど、でもやっぱ椿が椿だから俺が惚れたわけで。やっかいなのに惚れたよなぁ…後悔はしてないけど。時間かかっても絶対落としてやるしー。覚悟しとけよ、椿?

離れがたいけど、いつまでもこうしてはいられないから離れる。吹いた風がまた冷たかった。

「おやすみ、椿」
「おやすみなさい、監督」





「バッキー?」
「はい?」
「なんかいいことでもあった?」
「へ?え、何でですか?」
「なんかいつもよりいい表情だから。いつも以上にサッカーが楽しくてしかたないって感じに見えるよ」
「え…そうです、か?いつもと変わらないですけど…あ、」
「ん?」
「監督に、」

そう言った飼い犬は見たことのない笑顔を見せた。

「褒めてもらいました。これからの話も少しだけできましたし…がんばらなきゃなって、思ったので、だからかも」
「…ふぅん。よかったね、タッツミーに褒められて」
「はい!」

どうもボクの預かり知らないところで動きがあったらしい。
まったく、タッツミーってば油断も隙もないよ。勝手にボクのものにちょっかいを出してほしくはないねぇ。

でもバッキーがうれしそうだから、それだけでこっちもうれしくなるね。





evolutio













5000お礼にてリクエストをくださった初様からなんと10000を踏まれたというお話を伺いまして、無理をいってリクエストをしてもらいましたタツバキです。
前サイトのこともご存じとのことで…ずっと応援してもらってるんだなぁと感慨深く思ってます。本当に支えられていまこうして好きなことを続けていれるんですね。
初様、書かせていただき、ありがとうございました!





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