持(→→)(←←)椿


(―――遅い)

ちら、と壁にかかった時計を横目に見る。とうに過ぎたと思っていた約束の時間は、なんとまだ10分もあとのようだ。早めに着いたとは思ってたけど、こうも早かったとは我ながらびっくりだ。どっちかっていうと時間にはルーズな方なのに、人って変わるもんなんだね。

冷めてしまったコーヒーをすする。味は当然のように不味い。けど、あんまり気にならないのは、待ち人のことでそわそわしてるからだろうか。

そわそわ。俺が。ちょっとウケるんだけど。本当、人って変わるときには変わるもんなんだねぇ。

「持田、さん」
「あ、来たの、椿君」

ぼんやりとしているところに待ち人来たる。時間にはまだ間があるというのに、走ったのか彼の頬は少し赤い。

「はい。あの、すみません」
「何が?」
「お待たせして…」
「いいよ、俺が早く着きすぎただけだから」

座って、と言うとふわりと目許を和らげて椿君はおとなしく従った。すぐに来た店員へコーヒーを注文するその横顔をじっと見つめる。

椿君は男だ、紛れもなく。童顔ではあるけれど女っぽい要素は何もない。強いて言えば目がでかいってことくらいだけど、顔立ちだって至って普通に男だ。体もプロのサッカー選手なんだから当然鍛えられたものではあって、ごつくはないけど華奢でもない。ましてふわふわと柔らかくもない。性格は穏やか…というかおとなしすぎるくらいだけど、案外負けず嫌いで、細かいところを気にしない剛毅なとこもある。

出会いはピッチの上での数時間。それでも惚れるときには惚れる。数秒でだって惚れこめる。…数秒は言い過ぎかもしれないけど。
最初は見かけない新人、それがちょっと生意気なハタチくんになって、うやむやあって、気付けば惚れてた。うやむやって言ったけど、正確に何がどうなって惚れたのかは覚えてない。本当に気付けば、としか言いようがないんだ。

俺はゲイじゃないから今までに男を好きになったことなんて一度もない。でも今ではこんな状況だ。
いつか好きになるのに性別は関係ない、なんて感じの言葉を聞いたことがあったけど、まさにそれだよ。ま、それを聞いた時点の俺は将来こんな風になるなんて夢にも思ってなかったけどね。
男を好きになるってだけでもそうないことで、さらにその想いが叶ってしまってるんだから余計に、さ。

「持田さん?」
「んー?」
「あの…、なにか?」
「何が?」
「…ずっとこちらを見られてるので…何かあるのかな…と…」
「椿君とキスしたいなぁって思って」
「は、」
「なーんてね」

にっこりと笑って見せると、椿君は口許を引き攣らせた。

「で、ですよね…そんな冗談、」
「冗談ではないけどね。ただまぁ、場所くらいは俺も考慮するよって話」
「…っ!?」
「考慮するって言ってるでしょ。そんなに身構えないでよ」

悲しくなるじゃん、と言えば、すみません…としょげかえる。無いはずのぺったりと伏せられた耳が頭に見えるようだよ。俺はどっかの王子様みたいに君を飼い犬扱いして喜ぶ趣味は持ち合わせて無いんだけど。
だって、俺と君は正真正銘の恋人同士でしょ?

…て思ってるのが俺だけだったら、泣くよ、本気で…。

「ほんっと椿くんって…」
「は、はい?」
「…」

ちょっと言葉を切ってじっと見つめると、途端に椿君が緊張したのが手に取るようにわかった。見るからにそわそわと落ち着かない感じになって、視線が泳ぎ始める。どんだけビビリなの、君。知ってるけどさ。

「おもしろいよね」
「おもしろ…?」
「うん、反応が。あと反応が」
「反応ですか?」
「うん」

反応?と首を傾げる椿君んを観察してみる。
さっきまで俺にびくびくしてたくせに、今では俺のことなんて目に入ってないかのように言葉の意味を考えてる。肝が据わってんだかそうじゃないんだか訳わかんないよ、相変わらず。
実はこうして俺を振りまわしてばっかだということに気付いたら、どんな反応を見せてくれるかなぁ…いや、気付かないか。ま、そんなもんだろ。

「コーヒー冷めるよ?」
「はっ!すみません!」
「謝んなくていいんだけどねー」
「すみま、あ」
「っぶ、くくく…」
「うぅ…」

なかなか慣れてはくれなくても、椿君は椿君だ。
思えば最初から彼は俺を笑わせてくれてたっけ。立場も状況もあのときとはかなり変わってはいるけど、椿君自身が変わってなくてうれしい。ビビリなとこも含めて椿大介という人間だし、俺はそんな彼に惚れたんだから。

「も、持田さん!笑いすぎです!」
「だ、だって椿君、ほんと…はははっ」
「持田さん〜!」
「ご、ごめ、いまは無理!」
「もぉ…っ!」

ぷくっと頬を膨らませてカップに口をつけるその姿も俺の笑いを誘ってんですけどね、椿君?あー、くそ、そのほっぺたに齧り付きたいなぁ。

そういう怒ったっぽい顔、最近になって見せてくれるようになったけど、俺ってそんなに椿君を怒らせてる?ポジティブに考えればそれだけ椿君が俺に慣れて自然な表情を見せてくれるようになったってことか。うん、そう考えよう。表情偽るほど器用なタイプじゃないしね、椿君って。

ほら、今だってさっきまであんなに怒ってたのにもううれしそうになってる。

「おいしい?」
「え?あ、コーヒーですか?はい、とても」
「よかった」

おいしいものを食べてるときの椿君はいい顔をする。これも付き合うようになってから知ったこと。常套手段だけどまずは胃袋からって考えた俺、グッジョブ。俺自身は食べ物にあんま興味はないけど、椿君のこの顔が見たくていろいろ店を探したりとかしてるわけで。我ながら尽くしてるよなぁ、ほんとこんなに変わっていってこの先どうなるのかわからなさすぎ。俺、ウケるわー。

「持田さんも、ですか?」
「なにが?」
「あの、うれしそうだから、コーヒーおいしかったから、かな、て…」
「…うーん。コーヒーっていうかさぁ…」

椿君と知り合って、確かに俺はいろいろ変わった。
でも椿君の本質が変わらないのと同じように、俺の本質も変わってはいない。

欲しいもんは手に入れる。
我慢は嫌い。嫌いなことはしない。
守備より攻撃。チャンスがあればそれを逃しはしない。

…て、わけで。

「椿君、あれ」
「え?」

すぐ横の窓ガラスから外を指さす。人のいい椿君は何の疑いもなくそれにつられて横顔をさらす。俺の指さしたものを探してきょろきょろと動く大きな瞳がこちらに戻る前に、体を乗り出してその無防備な頬に唇を押し当てた。

「―――!!」
「誰も見てないよ?だから騒がないでね」
「な…っ、も…っ、ど…!」

なんでもちださんどうして、て言いたいのかな、と推察。なんで、どうして、て訊かれても。

「したかったから」
「―――っ」

にっこり笑って正直に言えば椿君は顔を真っ赤に染めて、それをカップで隠すように下を向いた。
はは、そういうとこも可愛いの。自覚したら?

実は俺の笑った顔が椿君の弱点だとはまだ知らずにいた俺は、どうやって機嫌を直そうかなと暢気に考えながら飲んだ冷めて不味かったはずのコーヒーが、今はそうでもないことにちょっと驚いていた。





better
half










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -