達→(←)椿(+ジーノ)


ピッチの中を選手たちが走り、ボールが縦横無尽に回る。声もよく出て、どちらのチームものびのびとプレイできてる。暑さの衰えない時期だが、全員まだバテる様子はない。紅白戦は白熱していく。

その中でも目立つのは、あいつだ。ピッチを一直線に切り裂く存在感。チーム一を誇るスピード。今も自陣からゴール前まで一気に駆け上がってパスを受ける。ワントラップでシュートの体勢に入りすかさず蹴ったボールはぎりぎりで間に合ったDFの脚に当たって軌道がそれたため、ゴールポストにぶつかって弾かれた。

がく、と肩が下がるのが見えた。が、首を振ってすぐに守備へと走る。一連の動きは時間にすれば数分のことだ。ゲームが始まって数十分。その中のほんの一部。
…なのにずいぶんと…。

「椿の奴、今日は好調ですねー」
「んー、そうね」
「さっきのもゴールに入ってて不思議じゃない出来でしたよ。椿もですけど、DFの動きもよかったですよね」
「んー、そうね」
「…。監督…」
「んー」
「聞いてます…?」
「聞いてるよー」
「…」

松ちゃんの声はちゃんと聞こえてる。これはホント。ただ真面目に返事しようとしてないだけ。ゲームのことだけに集中しようとする。けど、ちらちらちらちらとさっきから椿ばっかが視界に入る。だから椿のことを言う松ちゃんの言葉を半ば無視した。

俺はもっと広い視野で見て考えるべきだ。―――と考えてる時点でもうダメだ。くそ、何でだ。

「椿がどうかしたんですか?」
「何で?」
「さっきから椿ばっか見てるじゃないですか」
「…」

松ちゃんにもバレてるし。…バレるって何だ。何か俺が悪いことしてるみたいだな。それにしてもその言い方…あいつが俺の視界に入って来てんだよ?俺が椿ばっか見てるとかそんな…あれ?

「ん?」

視界を占領していた椿の横に人影。
遠目でもわかる独特の雰囲気の持ち主であるそいつは、自称「飼い主」。

「バッキー」
「はい!」

呼ばれたらそれこそ本当に飼い犬のように走り寄る。喋ってる内容はさすがにうまく聞き取れないが、椿の表情からするとどうやら褒められてるらしい。上気した頬が緩み、目がうれしそうに細められる。
めずらしい。
ジーノから受けたパスをゴール出来ていたならまだしも、惜しいとはいえ外したというのに、ジーノがわざわざ呼びとめてまで褒めるとは。

なかなか守備に戻らないふたり(片方は毎度のことだが)を視界の端に留めながらボールを目で追うと、ふたりの影が重なったように見えた。考える前に視線がそちらへ勝手に向かう。

「バッキー、守備に行っといで」
「っス!」

ぐしゃぐしゃと椿の頭を撫でたジーノが指を向ける方へ弾かれたように椿は走り出す。
あの王子様がスキンシップを自分からするのも滅多に見ない光景だ。物珍しさからじっと見てると、ジーノと目が合う。何かいろいろ含みがあるような目だ。…何だよ。

にっこり。

―――と音がしそうなくらいの笑顔を向けられた。おい、何だその毒でも混ざってそうな顔は。何が言いたいんだ、こいつ。

なんて考えてるとゲーム終了の笛が鳴った。





「―――集中できねー」

ブツン、とテレビの電源を落とす。試合を展開していた画面は真っ黒になった。

座り込んでた床から立ち上がり伸びをする。肩や首からなんともいえない音がしたが、すっきりはした。息を吐きながら時計を見る。
飲み物はなくなってしまったが、買いに行くのもめんどくさい。アイスがまだあったよなと思い直して部屋から出る。行き先は冷凍庫―――のはずが、気付いたら外にいた。どんだけぼんやりしてんだ、俺。しっかりしろ。でもこの際だからこのままグラウンドに行ってしまおう。集中力切れたし、気分も変えたいし。

ぺたぺたと気の抜けた足音をたてて薄暗い中を進めば、グラウンドからボールを蹴る音がした。もはや日常化したそれに、自然と唇が綻ぶ。体調管理だとかプロ意識だとかっていう言葉が浮かぶけど、すぐに消えた。しょうがない、椿だもん。言って聞くような奴ならいまここにはいないだろ。

気付かれないようにそっと様子を窺う。
プレッシャーを感じてなければ自由にプレーをするのが椿だ。いまも広いピッチにひとり、ドリブルしたりリフティングしたりと楽しくて仕方ないというのがよく伝わってくる。
こういう椿の姿を見るのが好きだ。気付かれてはないが、ときどきこうして自主練をする椿を眺めてることがある。伸びやかなプレーは見ていて気持ちがいい。ときどきあがる無邪気な笑い声はガキそのもので、つられて笑いそうになる。フットボールがただ好きなのだと、根本的なところを思い出させてくれる。

距離があるところから放たれたロングシュートが決まる。またうれしそうな声があがった。
まだ続けるのか、と思ったら片づけを始めたから、踏み出した一歩をひっこめた。ちょっと椿と話をしてもよかったけど、楽しそうな様子が見れただけでも充分。気分転換もできたし、俺も帰って仕事に取り掛かろう。





「やぁ、タッツミー」
「んあ?何か用か?」
「用、てほどじゃないけどね…」
「あんだよ」

翌朝、あくびをしながらグラウンドへ向かえば、同じタイミングでジーノとかち合った。おい、俺と同じってことは遅刻だぞ。

「なんだ、どうやらまだっぽいね」
「は?何が」
「心配だなぁ、そんな調子じゃうちの子を預けれないよ」
「いや、だから何の話?」

ちらりとこっちを見たジーノはふぅ、とわざとらしいため息をついた。
何だよ、いちいち。感じ悪ぃなぁ…。

「だからね、タッツミー。まだバッキーはあげれないよ」
「あん?」
「悔しかったら努力すること。がんばってね」

ひらひらと手を振って王子様は悠然とグラウンドへと入場された。
その後ろ姿を俺は茫然と眺めるばかりだ。

椿?椿が何だって?

ふと脳裏に浮かぶのは昨日の夜の楽しそうにボールを蹴る姿と、褒められてうれしそうに笑う姿。
どっちもあいつの視線の先に俺はいなかった。俺の視線の先にはいつもあいつがいるのに。

…あれ?

「これって…あれ、か?」

久しく感じてなかった感情の名前は、





invidia








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