「持田さん、すみません!お待たせしました」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。それより慌てすぎてこけたりしないでね」
「う、ウス!」

川べりに突っ立っていたら、待ち合わせ相手が走ってきた。息は上がってないけど、少し顔は赤い。夕方となって風が吹いてはいるけど、やはり走ればそれなりに暑いようだ。
隣に立って一息つくのを待ってから行こうか、と言えば、にっこりと笑ってはい、と答える。無意識に動きかけた手をかろうじて抑え込んで、一歩足を進める。

「風が涼しいですね」
「ほんと。いきなり馬鹿みたいに雨が降り出すからどうなるかと思ったけど」
「すごい夕立でしたもんね…。でもそのおかげで今が涼しいですから」
「まぁね」

歩くたびにカラコロと軽やかな音が鳴る。俺たちに足許には日頃履きなれない下駄。服装はもちろんふたりして浴衣。男物だからいたって地味な色と柄だけど。

「なんか変な感じです」
「何がー?」
「持田さんの浴衣姿が」
「そ?椿くんは似合ってんね」
「…そうですか?」
「うん。祭りに行こうとしてる中学生みたい」
「…」

あ、ちょっと機嫌が悪くなった。文句は言わないけど。
最初の頃は何かにつけてビクビクしてオドオドしてたけど、最近はだいぶ表情に出すようになった。むっと膨れっ面して不満を示すことも、頬を緩めてにこりと微笑むことも。そのひとつひとつが俺にとっては宝物のようなんだと伝えたらどんな顔を見せてくれるだろう?

「ごめんごめん、冗談だよ」
「持田さんが言う冗談は冗談に聞こえません」
「中学生は言い過ぎだよね。高校生に訂正するよ」
「…そんなに俺を怒らせたいですか」
「ついこの間まで高校生だったじゃん」
「俺、もうハタチです!」
「まだ、ハタチなんだよ」

ますます頬を膨らませるその態度がガキっぽさを増してるんだって、なんでわかんないんだろ?成人男性はそんなことをしませんよ、ハタチの椿大介くん?

「拗ねないでよ。お詫びになんでも奢ったげるからさー」
「いらないです」
「そうやって意地張るとこがガキなんだよ。大人ならさらりと受けてありがとうございます、くらい言わなきゃ」
「アリガトウゴザイマス」
「うわぁ、いっそ清々しいね」

下駄を鳴らしていくにつれて、周りに同じような格好をした人が増え始める。遠くからは祭囃子というのだろうか、なんか音楽が聞こえ出した。

「ほら、出店見えてきたよ。何がいい?たこ焼き?焼きそば?イカ焼き?あ、りんご飴とか」
「っぷ、」
「なに?」
「それ、持田さんが食べたいだけなんじゃないですか?」
「…焼きそばは食いたい」
「じゃあ行きましょう」

そう言って笑う椿くんがまるでこちらを子供扱いしてるみたいに思えて、ちょっと悔しい。けど、ちょっとだけ悪戯心も芽生えた。
無防備に揺れる右手を掴んでやる。

「!?」
「椿くんの迷子防止ね」
「ま、い…っ、なりませんよ」
「わかんないじゃん。なんかふらふらーとどっか紛れちゃいそうな気がする」
「持田さん、俺を何だと思ってるんですか」
「椿くんは椿くんだよ」

振りほどこうと腕を振る椿くんの往生際の悪さに笑いながら余計に力をいれて繋ぐ。どうせなら所謂恋人繋ぎというものに変更してやろうかと指を動かすと、何を感じ取ったのか、ぴたりと椿くんが動きを止めた。

「どうしたの?」
「…余計なことしないでくださいね」
「どうしようかなぁ」
「持田さん!」
「はいはい、これ以上は何もしませんよ。でもほら、そうやって騒ぐと余計に目立つよ?静かにしてれば人も多いし、誰も注目なんてしないって」
「う…」

やっと観念した椿くんにまた笑って、人の波の中に紛れた。




「まだ音楽が聞こえるね」
「楽しくていいじゃないですか」
「うん」

一通り出店を巡って、俺たちはまた川べりへと戻ってきた。ラムネの瓶を片手に、夕涼み。遠くからは祭りのざわめき、近くからは水の音。カラコロとなる下駄。繋いだままの左手と右手。
思いの外、涼しい風に吹かれてかえって繋いだ手の暖かさを感じる。

「ラムネなんて久しぶりに飲んだ」
「俺もです。祭りのときじゃないと飲まないですもん」
「子供のとき、ビー玉が欲しくてさ」
「あぁ、俺もやりました。自分じゃ取れなくて親に頼んだり」

椿くんはどんな子供時代を過ごしたんだろう。田舎だって聞いたことがある。小学校はもう廃校になったとも。昔からサッカーばかりしてきたんだろうけど、どういうきっかけでサッカーに出会ったんだろう。サッカーを通じて、どういうひとたちと出会ってきたんだろうか。人との繋がりを、絆を大切にする彼のことを知りたいと思う。けど、このままでもいいとも思う。
過去の椿くんも気になるけれど、それよりもこれからの椿くんの方が俺は大切だ。

「持田さんも、普通の子供だったんですねぇ」
「どういう意味」
「なんか、小さいときからすごそうだったから」

なにが。と訊いてもたぶん明確な答えはもらえないのだろう。だって椿くんだ。恐ろしく日本語を使うのが下手な椿くんだもんな。褒め言葉として受け取っとこうか。

「気になる?昔の俺」
「…気にならないと言ったら嘘になりますけど…」

きゅ、と左手を強く握られる。

「昔の持田さんより、これからの持田さんの方が、俺には重要ですし」
「これからも?」
「え、だめですか?」
「うーん。どうしよっかなー」
「持田さん!」

ラムネを一口含む。しゅわしゅわと泡立って喉を通り過ぎる。そのちょっとくすぐったい感触に笑みがこぼれた。ぎゅ、と椿くんの右手を握る。

「これからも一緒にいてくれるんだ?」
「持田さんがやだって言ってもいますよ」
「ふーん、強くなったもんだね、椿くん」

こんなことを言う俺も椿くんがいやって言ってもいる気満々だけどね。残念ながら、俺って結構しつこいよ?

また吹いた風は涼しいけれど、間違いなく夏のそれで。秋になればまた変わり、冬も春も、刻々と変わっていくけど。
とりあえず、来年の夏、この風と同じものを感じれたらいいなと思うよ。





君の隣0センチ













れんじゃくさん、お誕生日おめでとうございます!
いつもツイッターでかまってくれてありがとうです^^これでどれだけお返しができるかわかりませんが、お祝いしたい気持ちはたくさん詰まってます☆
これからもよろしくです(^-^*)





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