点けっぱなしのテレビの電源を、数時間ぶりに落とす。とたんに静かになった部屋でひとり、熱を持つ目を瞑り、じわじわと広がる痛みに耐えた。長時間画面を見続け、同時に頭で幾通りもの作戦を考え組み立てシミュレーションを重ねて修正をかける。フットボールの監督業を始めてからずっと続けてきたことだ。とうにこの痛みにも慣れた。楽しいもんではないけどな。でもチームが勝てば全て報われる。

今日はフロント陣も全員帰ったのか、少しの話し声も聞こえないし、人のいる気配も感じない。片目を開けてちらりと確認した時刻で納得した。こんな時間までいたらまた倒れる奴が出るだろう。結局のとこ体が資本なんだよー、と誰に向かって言ってんのかよくわからないことを考えてると、こんな時間に聞くにはおかしい音を耳が拾った。

芝を踏む音。走ってるのだろう、テンポが速い。ボールを蹴る音。蹴られたボールがゴールのポストにぶつかる音。―――まぁた外しやがって。フリーなんだからゴール決めて当たり前だろ。まだまだボール捌きが雑というか、甘いんだよなぁ。

誰だ、なんて考えなくてもわかる。こんな時間になってもボールを蹴るフットボールバカはうちのチームにはひとりしかいない。ていうかひとりいれば充分。

ピッチを真っ直ぐに駆け上がる強い脚、誰も追いつけないスピード、前だけを見据えるその瞳の力強さ。
時間をかけなくてもくっきりとその姿を脳裏に浮かべることができる。世間的にはまだまだかもしれないけど、俺の中では間違いなく輝きを増す存在。

閉じていた目を開く。―――無性に会いたくなってきた。



グラウンドに入りかけたところでネットの揺れる音がした。やっとゴールが決まったらしい。はっきりと表情は見えないが、ボールを取りに行く様子からして上機嫌なようだ。ま、ゴールが決まらなくても、ただああやって蹴ってるのが楽しいんだろうな。ほんと、サッカー覚えたての子供みたいだ。足で掬い上げたボールを抱えてこちらに向かってくる。どうやら今日はここで切り上げるらしい。当たり前か。時間が時間だから、これ以上されて明日に響いても困る。

「うあぁっ!? かっ、監督!?」
「よーぅ、椿ぃ。相変わらずだなお前ってほんとー」
「あ、わっ、わ…!す、すみませ、もう帰るんで…!!」
「当然だろー。まだ続けるなんて言いやがったら首に縄引っかけて引きずってでも帰らせっからな」
「あ、う…」

俺と会ったことでとたんに椿がうろたえる。さっきまであんなに伸び伸びとフットボールしてた奴と同一人物とは思えない姿だ。でもこれが椿大介って奴なんだよな。

「監督、は…」
「ん?」
「こんな時間まで…」
「ん?あー、ずっとビデオ見てた」
「…っスか…」

椿が何か言いたそうにしてるみたいだから少し待ちの体勢になる。案の定、うろうろと視線をさまよわせてた椿が、ようやくこっちを見た。つーかビビりすぎだろ。もうちょい慣れてもいいんじゃねーかなー。

「あ、あの…、俺、」

つっかえながらも喋りだした椿を見つめる。言葉を考えているのだろうか、ぱくぱくと何度か口を開けてはまた閉じる。それでも待っているとずっと泳いでいた視線が、思いの外強さを持ってこっちを向いた。

「もっと、うまくなりたいです、監督にも、もっと頼ってもらえるように。そんな選手になれるように、がんばります!あの、それで、こんな時間まで作戦たてて、その…」
「あー、うん、言いたいことはわかったよ、たぶん」
「たぶん…」

ガク、と椿の肩が下がる。後半、何が言いたかったのかはいまいちわかんなかったけど、強くなりたいっていう意思はよくわかったから。選手がそう思うなら、それに応えるのが監督ってもんだろ。
気弱な面も少なくないけど、けっこう強気なところもあるじゃん。そうこなきゃおもしろくないよな。

「椿の気持ちはよくわかった。でもお前、空回ったあげくに累積食らいそうだからあんま期待しないで待っとく」
「えぇっ!?」
「―――ていうのは冗談だけど」
「か、監督…」

ひどいです、と目が訴えてくる。うん、俺もそう思う。でもさぁ、こういうのも必要なんだよ。

だってお前があんまりにも真っ直ぐこっちを見るから。俺を喜ばせるようなことばっか言うから。だからうっかりそんなお前を抱きしめそうになるから。
冗談でも言って茶化さないと、寝不足でぼんやりしてる俺ってば、何しでかすかわかんないんだもん。





少年、嘘は必なのだよ




thx 空想アリア





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