「ん」
「…ハイ?」
自分の頭はいい方ではないと自覚してるけど、きっとコレを解明するのはどんだけ頭のいい人でも無理だろう。だらだらと嫌な汗が背中を伝い落ちる。俺を混乱に突き落とした当の本人はさほど表情を変えず、ソファーに座ったまま両腕をこちらに広げている姿も変えずに、ただ見上げてくるだけだ。いっそ何か言ってくれたほうがいい。たとえ意地の悪いことでも、何も言われないのに比べればずっとマシだ。その、目だけで何かを訴えてくるのはやめてください、持田さん…!
「ぶっは、椿くんはやっぱ椿くんだな!」
「…ハイ?」
「それ以外の返事はないのー?王子様の犬は誰に対しても従順なんだねぇ」
「あの、何の話…」
「ま、いーや。ほらほら、早く」
「なっ、何がですか!?」
あぁ、やっと訊けた。俺もやればできるんじゃん…ってすっごい持田さんの機嫌が悪くなってる!! 何で!? この一瞬で!?
「俺、椿くんのそういうちょっと頭足りてない感じ、好きだけどさ」
「え」
なんかいますごいことを言われた気がする…けど気にしないでおこう。その方が精神的にはいいような気がする…。
ぐるぐると考えてたら持田さんがちょいちょい、とおいでおいでをしたので近付いていくと、両腕を取られた。
「君にとって俺はちゃんと『特別』な立場にいるのかなって不安になるよ」
「へ?」
「椿くん、今日が何の日か知ってる?」
「え…今日っスか?」
問われて考えてみるが、これといって思い付かない。祝日でもない、普通の平日だし…何かあった日なのかな?でもそんなこと覚えてるわけもなくて。
「わかんない?」
「…ごめんなさい」
「んー、素直で可愛いのはいいんだけどさー」
取られたままの両腕をぶんぶんと振られる。え、え、何だろう?ほんとにわかんないんだけど…!
「今日ね、俺の誕生日なんだよ」
「へー、持田さんの…えええええ!?」
「おっきい声も出せるんだねー」
「いや、ちが、そこじゃなくて、え、誕生日!?」
「うん」
「初耳っス!」
「あれ、そうだっけ?」
言ってなかったかなぁ、なんてのんびりと言う持田さんは相変わらず俺の両腕をゆらゆらと揺らすだけで。それに合わせるように俺の視界もくらくらしだす。そんな、大事なこと、…。
「何で教えてくれないんスか!」
「あれ、怒る?」
「当たり前です!持田さんのこと、俺ほんとにあんま知らなくて…悔しいし、淋しい、のに…」
言っててだんだん視界が揺らいできた。
「もー、泣き虫だね、椿くん」
「…泣いてません」
「そーかそーか、男の子だもんね」
「…」
くん、と腕を引かれる。目の前にはいつの間にか機嫌の直った王様が、ずいぶんと優しい顔で笑ってて。促されるままにその腕の中におさまる。
「持田さん」
「んー?」
「俺にできることなら何でもしますから、今日だけはわがまま言ってください」
「今日だけなの?」
「限定しないと俺の体がもちません」
「あは、なんかやらしい」
…何が?どこが?
「そうだね、何してもらおっかなー」
「…あまり…無理難題は…」
「何でも、て言ったのは椿くん」
「う」
早まったかな、俺…。
腕の中でびくびくしていると、また持田さんが吹き出した。え、と思う間に肩に頭を預けられる。持田さん?と尋ねると、ぎゅ、と力をこめられる。
「このままでいてくれたらいいよ」
「…それだけですか?」
「うん。いま全力で甘えてるからさ」
「…」
どう答えていいかわからなくて、ただ力をこめて抱きしめ返してみる。持田さんの顔は見えないし、何も言ってくれないからよくわからないけど、でもこうしたことは間違いじゃないんだってことだけはわかった。
茶色の髪を梳くように撫でると、持田さんが小さく笑った。
「まるでガキ扱いだね」
「っ、すみませ、」
「んーん。いいよ。続けて。気持ちいいから」
「…っス」
言われるままに続けていたら、さらに持田さんが笑う。ツボに入ったらしい。何にせよ機嫌がいいにこしたことはないからいいんだけど。
「ぶっ、ははは!もう無理!ごめ、ごめんね、椿くん!」
「ハイ!?」
何が!?
「今日が誕生日って、実は嘘」
「はいっ!?」
「あっはっはっは、まさかあっさり騙されてくれるとは!!」
「もっ、持田さん!」
抱きついたままヒーヒーと笑い転げる人の服を思いきり掴んでしまう。
く…っ、いっそ背中でも叩いて…いや、できないけど。
「ごめんごめん、でも甘えたいのは本当」
笑いすぎてうっすら涙の滲んだ目を細めてそんなことを言う。
―――ずるい人だ。
どうしたら俺が何も言えなくなるのか、全部わかって言ってるんだろう。本当に、ずるくて敵わない人。
「…うそつきは嫌いです」
「そ?残念。俺は椿くん大好きなんだけど」
「…俺も、持田さん好きで、す…」
「…っはは、椿くんにしてはがんばった」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。さっきと立場逆転だ。…なんか、悔しい。
「持田さん」
「ん?」
「うそつきは嫌いですが、好きな人のわがままは聞いてあげたいです、から、甘やかしてあげます、ね!」
「…っ」
ぐ、と服を引っ張る。薄茶の瞳が丸くなるのを近くで見つめ、少し感動してしまった。
触れるだけのそれ、3秒ほどでぱっと離れると、まだきょとんとした顔の持田さんがいた。しかしすぐに楽しそうに細められる。
「がんばるねぇ、椿くん」
「…っ」
いまになってものすごく恥ずかしくなってきた。逃げたいけど、もちろんそれを許してくれるほどに俺の恋人は甘くはない。
「でも、もうちょっとがんばってね」
「―――!!」
しかも、優しくなかった。
でもまぁ、持田さんがうれしそうだからいいかなぁ、と唇を受け入れながらぼんやりとしていく頭で思ったのは、紛れもない本心だった。
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