―――熱に犯された瞳のなんと淫らで美しいことか。



汗ばんだ肌を愛しむように掌で撫で上げる。しっとりと手になじむその肌は女のそれのように白くはなく、柔らかくもない。薄い皮膚一枚の下にはしっかりと鍛えられた筋肉の付いた、間違いなく男の体。撫でるたびにびくりびくりと波打ち、ぬめる肌が艶めかしい。どんな女よりも、この下で喘ぐ男ひとりが俺を惑わせ、堕とす。しかしひとりで堕ちてなどやるものか。

がり、と嫌な音が耳に届く。そして痛みを堪える低い呻き声。いっそ泣いて喚けばいいのに、頑なに声を抑え、苦痛に耐える。そして快楽にも。すべてを受け止め、流すことはできずに痛みに声もなく泣いて、快感に震え、何ひとつ抵抗なくただ瞳を揺らすだけ。それがどれだけこちらを煽るか知っているの?どれほどまでに男の情を掻き立て、欲を膨らませ、凶暴な衝動に突き動かしているかを。

「…痛かった?」
「…っ、ぁ」
「ごめんね、血が出るほど噛むつもりはなかったんだよ」

平然と嘘を吐きながら滲む赤にねろりと舌を這わせる。広がるのは鉄の味。生きた人間の、命の味か。舐めても舐めても滲みでるそれをひたすら味わい、肌に吸いつく。健康的な色の肌に、隠微な痕。服でなら隠れるだろう。しかし着替えている最中ならば目につくかもしれない。彼の肌を眺め、変化に気づくのは一体誰だ?それを考え浮かんだのは数人の顔。名前を知ってる奴も知らない奴もいるが、そんなことはどうでもいい。これを見つけてあいつらは何を思うのだろう。想像でしかないそれを思い描いて、息を吐くように笑う。ひくり、とまた腕の中の彼が震えた。

「どうしたの?」
「…、んで、わらって…」
「あぁ、たいしたことはないよ。ただ、可愛いなぁと思ってね」

つばきくんが。

そう耳へ息を吹きかけるように囁くと、侵入を拒むように首を振る。指や掌は拒まないのに、名前を呼ばれると抵抗する。まるで己が椿大介という人間だと突きつけられるのを拒むように。男に抱かれ、蹂躙されるこの体の持ち主が、誰という人間だと知らされたくはないというように。

「血が止まったね」
「…そ、うです、か…」
「痛いのはいや?」
「当たり前、でしょう」

少しだけまわりの肌と違う色をもったそこをもう一度舐める。痛々しくも官能でしかないそれは、彼の肌にあるからこそ意味を持つ。
みんなから愛される彼。臆病で、気弱で、それでも人を惹き付けてやまない彼。チームメートから、フロントから、サポーターから、コーチから、監督から、敵対するチームからですらも愛され、みんなを魅了する。その椿大介が見せる一面を、自分だけが見ることができるという愉悦。これほどの快感は他にはない。

痛いのは嫌だという。当たり前のことだと。しかしそれは嘘だと俺は知っているんだよ。名前を呼ばれることを拒む君は、しかし噛みつかれ皮膚が食い破られてもそれを拒みはしない。喉元に食らいつく俺をただじっと見つめ、押しのけることも避けることもしないのだから。皮膚に歯を立てられ、ぶつりとそれが破られ、命の水が溢れようともそれに否を唱えないのだから。

「うそつきな椿君」
「は、…?」
「痛いの、嫌いじゃないでしょ?だって抵抗しないんだから」
「そんなこと…っ! 俺の抵抗なんて、持田さんは許さないでしょう!」
「まぁね。でも俺が許すのと、椿君が抵抗するのとは別問題でしょ?嫌って言わないともっとしちゃうよ?『ヒドイコト』」
「…っ!」

ひゅ、と椿君の喉が小さく鳴った。微かに上下する喉仏に唇を寄せる。噛みはしない。軽く吸いつき、舌で愛撫を重ねる。それだけで震えが増す彼のなんと愛しいことか。

舌で愛でるのはそのままに、両手で肌を撫でていく。引き締まってはいてもまだ薄い体には未完成故の美しさがある。平らな胸を撫で、鍛えられた腹筋をなぞる。細い腰を辿り、彼の武器である脚をゆっくりと撫でる。指先で擽るように、掌全体で揉み込むように。どのようにしても触れるたびにびくびくと脚が跳ね、シーツが波打つ。手が下へと向かうにつれて舌の愛撫もだんだんと下げていく。胸の突起を舐め、吸い上げると信じられないほど甘やかな声が聞こえる。出した本人も驚いてるらしい。ぎゅっと噛み締められた唇が痛々しいほどに赤く腫れあがっている。

「そんなにしたら痛いでしょ」
「…っ、ふ、…!」
「ね、口開けて。舐めてあげる」

ゆるゆると開かれる赤い唇。抵抗しないだけでなく、快楽に素直になりはじめた彼なりの返事に自然と口角が吊りあがる。
唇を舐め、もちろんそれだけで終わるはずもなくナカまで濡らすように舌を這わす。求めるように伸ばされた椿君の舌とも絡ませて、互いの唾液でさらに濡れた音が響いた。

「っは、ぁ…あふ、」
「…きもちい?」
「ん、ん…」

どろどろにふたり融けあったみたいな錯覚を覚えるほどに口づけを交わす。繋がりが深まるだけ椿君の瞳が熱に浮かされる。俺はその目が好きだ。快楽以外なにも映さない瞳。俺を俺として認識していないかもしれない。それでもいい。彼のこんな姿を見ることができるなら。こんな瞳を見ることができるなら。

「やっぱ綺麗だね、椿君は…。だから、もっと汚して壊したくなる」

もう虚ろな光しか浮かばない瞳の彼では俺の言葉は意味をなさないかもしれない。それでもいいんだ。俺が、彼を見てるから。俺だけが、彼を知っているなら、それだけで。





君がわせた僕の執着




thx 空想アリア





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