「お前ってほんと、ムラムラしてるやつね。」
聴こえたその声にあまりにも驚きすぎて、咥えていたスプーンを思いっきり喉奥まで突っ込んで、次の瞬間には思いっきり咳き込んでた。
「…ッゲホ…!」
「おーいおい。一人で何してんの。椿。」
振り向いた先にあったのは、ニヒヒ、と楽しそうに飄々と笑みを張り付けた顔。
突然背後から現れたと思えば、なぜか片手にスプーンを握って仁王立ち。
どうしてここに、と思うより前に、驚きすぎて器官に入り込んだカレーを必死に飲み込んで、半ば涙目になりながら噎せこんでいると、それを悪びれる様子も無く、寧ろ楽しそうに笑う声が背中に当たって、色々な意味で顔が真っ赤になる。
さっきまでどこにも顔が見えないと思っていたのに、こんな突然。
もうこの人がここに来て、随分と経ったはずなのに。
この人の行動は、未だ読めない。
「っハ、…!か…っ、…!」
「んー?」
「か、んとくが…!突然変なこと言うから、です…!」
咳き込みすぎて涙の滲む顔でその顔を見上げれば、更に高らかに笑い飛ばされた。
「ありゃりゃ。俺のせい?」
「だ、って…!いきなり、む、らむら…って…!」
「あー。ごっめん、間違えた。えーっと…ムラがあるやつ?だ。」
「…それ全然違います、けど…。」
「言葉のアヤだよ、椿クーン。」
「はあ…。」
とりあえず、持っていたカレー皿だけは落とさないように抱え直して、スプーンをその上に置いた。
零さなくて良かった、とホッと胸を撫で下ろす。そんな一連の動きに視線を感じてもう一度顔を上げれば、さっきまで笑っていたはずの顔が妙に真剣みを帯びていて、ビクッと反射的に背中が震える。
…このひとの。
こういう顔も、未だに慣れない。
(つまり、全部慣れないってことじゃないか…。)
何を言われるんだろう。
そもそも、どうして監督は俺のところなんかに来たんだろう。
けれど監督の行動の意味を理解しようなんて思っても、そんな器用なこと、俺に出来るはずもなかった。
「サッカーでもムラがあるかと思えば、」
「お、わ…!?」
「…さっきまで人に囲まれて嬉しそうな顔してたヤツが、なんでこんなところで一人で隠れるみたいにカレー食ってんのかね。ん?」
「か、か、監督…!それ、俺の…!」
「スプーンは持参してるから、問題無い。」
「そ、そういう問題…ですか…?」
横から伸びて来たスプーンが、俺の抱えていた皿にカツンと軽くあたって音を立てる。
そのまま一口分器用にご飯とカレーを掬い取っていって、パクリと食べられた。変わりに「俺の分のカレーもう無くなっちゃって。」と、よく分からない言葉が返って来たかと思えば、うーん…と、何やら思案顔の、監督。
「ほーんと、お前ってよくわかんないやつだよね。」
(…どうしよう、監督に言われたくない…。)
噛みあわない会話に覚えるのは、ただ純粋な戸惑いだけれど、それを口に出来る度胸は俺には無い。
元々、人に言葉で何かを伝えるのは、得意じゃない。…寧ろ苦手だ。
それがましてや、今目の前にいるのは(いや、実際いるのは後ろだけど)チームの監督。
何が言いたいのか分からない、なんて、言えるはずもなかった。
「ほんと、ムラムラしちゃうよ、ほんと。」
「…えっと…ムラムラじゃなくて、ムラ、なんじゃ…。」
肩を竦めた監督に、恐る恐るそれだけは伝えた。
けれど、うーん…と、また同じような言葉が返って来たあと、ポリポリと頭を掻いた監督が、ぐりんっと一度だけ左右に首を大きく振る。
え?――…っと、意味が分からず瞠目すれば、その先には、目を細めて口角を緩く上げた、…達海監督の笑みがそこにあった。
「いーや、今のはあってる。」
疑問を頭が形にするより前にもう一口、手元の皿からパクリとカレーを掬われる。
それはいとも簡単に。ごっそりと。
一瞬で全部を持っていかれた。
「…ッ…!」
「ほーら、油断したら食われちまうのは、」
「監督…?」
「…私生活でも同じだぜ?椿。」
(い、意味が、わからな…!)
思いっきり固まったまま身動きとれない俺の様子がよっぽど気に行ったのか、珍しく楽しそうに大口を開けて笑う監督を見ながら、俺に出来ることといったら、とりあえずこのグルグルと回りそうな目をどうにか平常に戻すことに尽力尽くすことだけだった。
どっちもどっち
オンでもオフでもお世話になりっぱなしの篠崎屡架さんからいただいてしまいました、タツバキです!これが初めてのクオリティだなんて…!さ、さすがです、るか…!
メールでこれをいただいたとき、本気で泣きました。
この調子でもっとタツバキやほかの椿受けも書いたらいいと思うんだ。待ってるよ。ね?←
そんな素敵な篠崎さんのお宅はこちら→
光と躍動のメランコリー (椿総受け 小説サイト)