「うーん…」
「? どうしたんです、監督。次の試合で何か心配事でもあるんですか?」
「いやー?試合ではないよ、試合では」
「そうなんですか?ならいいですけど」
「試合ではないよ」
「…試合以外ではあるんですね」
「聞きたい?」
「遠慮します」
「冷たいね、松っちゃん」
「監督のプライベートに首を突っ込むつもりはないですから」

嫌そうな顔を隠しもせずに、本当に松ちゃんはそそくさと離れていった。冷たい。愚痴くらい聞いてくれてもいいのに。とはいえ本当のことを全部洗いざらい言うわけにはいかないけど。

本日の練習も恙なく終了。練習後に何人か残ってた選手やコーチもほとんどが帰ったらしい。閑散としたグラウンドには静けさが戻った。

心配事。
と、いうのもちょっと違う。心配はしてない。危機感は抱いてるけど。

「まずいよなぁ」

静かなグラウンドに俺の呟きだけが落ちる。

そう、まずいんだよ。立場とか状況とか考えてみたらそうとしか思えない。
何がって、俺が持て余しつつあるこの感情と、その向かう先が。

「ん?」

ちらっと視界に何かが映った。何だろう、と振り向いたら若手のひとりと思い切り目が合った。その途端にそいつが背筋を伸ばしてびくついた。

「何してんの、椿」
「う、あ…監督…あの、えっと」
「まさか自主練?」
「ち、違います!」
「へぇ?」

よく見れば練習着じゃなくて私服に着替えてるんだから練習じゃないのは確かなようだ。俺の目の前でオーバーワークしようってんならたいした度胸だと思ったけど、こいつがそんなことできるわけないか…。

「どうした?」
「…監督の姿が見えたので…どうしたのかなって思って…、あ、でも考えことされてたんですかね?じゃあ俺、邪魔しちゃったんです?うわ、あの、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんですけど…!」

放っとくと椿の思考はどんどん見当違いの方向に進んでいきそうだ。そのまま観察してても楽しいかもしれないけど、うろうろと彷徨う視線が全く俺を捉えず、いまにも泣き出しそうな顔になってきたから放っとくのもここら辺が限界かも。

「別に邪魔されたとは思ってないよ」
「ほ、ほんとですか…?」
「うん。別に試合のことやチームのことを考えてたわけじゃないし」
「へ」

あ、しまった。これは言わなくてもよかったかも。
きょとんとした椿が何かを言う前にその肩に手を置いてぐるりと体の向きを強制的に変えてやる。

「か、監督!?」
「ほらほら、ここでぼへーっとしてないでとっとと帰った帰った!体が冷えたら困るのはお前だぞ?さっさと帰って飯食って休んでろ」
「うわ、わ…っ、ちょ、監督!」
「椿」
「は、はい?」

首を捻ってこっちを見る椿の困った顔をじっと見る。男にしてはでかい目に自分の姿が映ってるのを見て、自然と唇が弛んだ。

「次の試合も期待してっから、がんばれよ」
「…っ!ウス!」
「気を付けて帰れなー」
「はい、失礼します!」

ありもしない尻尾が機嫌よくぱたぱたと振られてる幻を頭に描きながら去っていく後ろ姿が見えなくなるまで見送る。

反則だ、あんなの。
俺がここにいたからってわざわざ立ち寄って、心配して、見当違いなこと考えてテンパって、ころころと表情を変えて。

「お前がそんなんだから、目が離せれないんだっつーの…」

誰が聞いても言いがかりとしか思えない呟きも再び静まり返ったグラウンドにぽつんと落ちるだけだった。



---------------<キリトリ>-----

諸事情により(笑)梅子さんとまきさんとあやおりちゃんに捧げます!突発で申し訳ない!



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