「椿、盃が空だよ」
「え、あ、すみませ…っ、って、俺のですか?」
「うん。ほら、飲め飲め」
「あ、うわ、溢れちゃいますって、達海さん…!」
「ちゃんと飲み干せよ、椿ー」

にやにやと笑う達海さんを見ても盃の中のお酒は減ったりしない。注がれたものはしかたない、受けた以上は飲むしかないだろう(自主的じゃないけど)。楽しそうに笑う達海さんにもう一度目をやって、それから一気に空けた。

「おー、いい飲みっぷり。もう一回いっとく?」
「…も、勘弁してください…」

職業柄お酒を飲むことは多いし、特別弱いわけでも嫌いなわけでもない。けど、さすがに何度か杯を重ね、止めのように一気に飲んだから頭の奥がくらり、と揺れた。もう限界、とお銚子を手にしていたずらっ子のように笑う達海さんの手を押さえて止める。そうしたらますます楽しそうに達海さんは笑った。

「俺ばっか、飲んでちゃだめっす…」
「だって椿がかわいいから」
「理由になってないです」
「俺がお前に飲ませたいの」

達海さんの手からお銚子を取り上げようとしたけど、うまく躱されてしまった。あげく反対に俺の手を取られて、指先に唇を押し当てられた。

「―――っ」
「お、もっと真っ赤になった」
「た、つみ、さ…」
「かわいいね」

そう言って達海さんはまた俺の指に口づけ、舌を這わせる。反射的に引きそうになった瞬間を見計らったように軽く噛まれた。

ここ最近、こういうやり取りが多くなった。というか、こういうことしかしなくなった。ここは妓楼で(女も男も買えるというとんだ節操なしな店だけど)、確かにお酒を楽しむ人もいるけど、でもみんなそれだけでは終わらないのが普通だ。俺はこういうところの相場なんてよくは知らないけど、安くはないはずだ。ただ飲むためだけにここに来るような酔狂な人間はいないだろう。

実際、いままでに何度か達海さんには抱かれた。それがいつのときだったかと考えて、思った以上に前の話でびっくりしてしまった。通ってきてた人が急に来なくなることは少なくない。でも達海さんはかなりの頻度で来てくれる。来てくれるけど…お酒飲んで、軽く触れ合って、ただそれだけ。

「達海さん、」
「ん?眠くなった?寝る?」
「じゃ、なくて…」

なんでいつも来てくれるんですか?なんでいつもお酒を飲むだけなんですか?
―――なんで、俺を抱かないんですか?

「どうした、つば、うわっ」
「達海、さん」

本当は知ってるんだ、達海さんが俺を抱かない理由を。俺が弱虫で、達海さんがすごく優しいからだ。俺が達海さんを好きだって知ってるから、達海さんは俺を抱かない。この妓楼の商品である俺は他の人に抱かれるのは当たり前のことだから、俺がそれを辛いと思わないように、俺との距離を測ってるんだって、知ってる。

でもそれは、優しすぎて俺には辛すぎる。

「椿?」
「…抱いてください」
「…椿、」
「抱いてください、俺はここの商品だから、そういうものだから、他の人と同じようにしてください。そうしてくれたら、…そう、なら…」

それだけを支えに生きていける。

布団も引いてない座敷の畳の上に達海さんを押し倒す形でのしかかる。体重をうまくかけて達海さんの体の自由を奪う。でも痛みは与えない。俺だってそれなりの時間をここで過ごしてるんだから、これくらいの芸当はできる。それよりも快楽を、他でもない椿大介という俺が与えるものを達海さんに受けてほしい。抱いてる相手は、俺なんだと刻み付けてほしい。達海さんのくれる優しさを裏切るような真似かもしれない。それでも、俺はほんの欠片でもこの人の心にいたい。

俺にはこの人の腕に縋るだけの度胸もない。店から逃げるつもりもない。他にはなにも求めない。欲しくない、ただ、この人の一部になれたら、それだけで。

「…馬鹿椿」
「…っ、なんですか、それ…!」
「馬鹿だからそう言ってる。なんで俺がこうしてると思ってんだ」
「俺のためだと言うんならそれこそ大間違いです!俺がここにいる理由を正面から否定してるんですから!そんなの、俺にとってはうれしくもなんともない!」
「否定してるんだよ」

馬鹿と言われ、頭に血が上った。俺にしてはめずらしく大きな声を出したけど、ひんやりとした達海さんの声に今度は反対に血の気が下がる。初めて聞く声色に竦む体をがっちりと掴まれた。

「ここで客を取って俺以外の奴に足開いてるお前なんて、考えたくないんだよ。他にも大勢いる客と同じ立場になんてなりたくねえ。そんなことしなくてもお前は俺のもんだって、そう思いたかったから抱かずにいたのに、」

掴まれた腕が痛い。細身な体のどこにこんな力があるのかと、まともに働かない頭でぼんやりと考える。

霞がかかったような視界の中、ふ、と息を吐いた達海さんが唇を歪ませて嗤った。

「でも椿が望むんなら抱いてやるよ。せっかくだから酷くしてやろうか?」

あぁ、やっぱり達海さんは優しい。
痛みを与えても、酷い言葉を与えても、目が優しい。俺に苦痛を与えながら、それを同時に後悔してる。どこまで優しいの。俺なんかのために、どれだけの心を与えてくれるの。

強張っていた体から力を抜く。泣きそうになりながらも達海さんに笑いかけると達海さんの手からも力が抜けた。動けるようになった上体を倒す。達海さんの前髪を掻き上げて、額に唇を落とす。目を見開いて固まる達海さんが視界に映る。してやったり、な気分になって自分の機嫌が上を向くのがよくわかった。

無防備に薄く開いた唇に自分のを重ねる。

「抱いてください―――達海さんが、好きだから、俺を抱いて」

体を自由にはできないけれど、この心は俺だけのものだから。他でもない貴方だけに捧げましょう。



---------------<キリトリ>-----

襲い受けがどういうものか書いててわからなくなった…




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