「持田くーん、お金貸して?」
「却下」
「なんだよー。お前、それが生業だろーが。仕事しろ、仕事」
「仕事しろなんてあんたに言われたくないですね、達海さん。確かに俺は金貸しやってますけど、返す当てのない奴に工面してやるほど酔狂じゃないんですよ」
「ケチー」
「なんとでも」

さらさらと走らせていた筆をかたりと置き、帳面から目を上げた。
異人の血が混ざっていると言われる自分ほどではないけれど、それでも他に比べれば薄い色の、にんまりと歪ませた瞳とかち合って持田は嫌な顔をした。

「だいたいあんた、真面目に働いてれば金借りなくても生活できるくらいには禄もらってんでしょうが」

なんで店の者は奥にまでこいつを入れるんだ、どうせ店の女たちを抱き込んでるんだろう、まさか友達だなんて思われてるんじゃないだろうな、うわなにそれ最悪。

などとつらつら考える持田をよそに、達海はちょっと考える素振りをして、それからまたにやり、と笑った。

「私生活については秘密ー」
「興味ないしどうでもいい」
「んじゃあ貸してよ?」
「その前にこの間の分を返せ」
「返したじゃん」
「追加の利子がまだ」
「えー、なにそれ初耳」

のらりくらりと会話を続けながら達海が出された茶をすする。
いいの使ってるねぇ、という言葉を受けた持田はこんな上等な茶を振る舞う必要はないだろう、とまた眉間を寄せた。

「あんたの生活になんて興味も関心も全くないけど」
「んぁ?」

茶と一緒に出されたまんじゅうをくわえた達海の間抜け面を持田は鼻で笑いながら皿を手前に引く。

「達海さんが執着してるっていう、遊女には興味がある」
「………」

咀嚼しながら達海は持田をじとりと見つめる。どこか険を含んだその視線に、持田は意外な気持ちを抱きながらそれを悟らせないよう口角を吊り上げた。

「達海猛ともあろう者が廓通いにのめり込むなんてね」
「興味ないんじゃねぇの?」
「だからあんたにはないけどその娘にはあるよ」
「ふん」

畳に湯呑み置いて達海は小さく息を吐くとまた人を食ったような笑みを浮かべた。

「どっからそんな話が出たのか知らないけど、興味持っても無駄ー」
「なんで」
「あいつはお前を相手にしないから」

さらりと告げられた言葉を持田は反芻する。
一瞬後、湧いたのは怒りの感情だった。

「なにそれ」
「そのまんま。あいつは俺の」

廓の女を自分のものと言ってのけるのは滑稽だ。たったひとりだけに身を捧げて他の客を取らない遊女などいやしないのだから。

「は、身請けでもするつもり?」
「さてねぇ?あいつが嫌だって言うからなぁ」
「…へー」

身請けの話を出したのか、とまた驚かされる。長くはないが薄くもない付き合いで知ったこの男にそぐわない。

それほどに固執する相手に、ますます会ってみたくなる。

「じゃ、帰るわ」
「あ、そ」
「だって持田ってば仕事する気ねえんだもん」
「あんた相手に仕事の意欲なんか湧かないよ」
「はいはい帰りますよー」
「あ、達海さん」
「ん?」

からりと開いた襖から眩しい光が一条、射し込む。

「その娘の名前は?」
「―――椿」

花の名前だけ残して、達海は去った。

まさか素直に名前を教えてくれるとは思ってなかった持田は数拍動きを止めると、ゆるりと息を吐いた。
こんなところで偽りを口にするような男じゃないのは知ってる。だからあれは本当の名前なんだろう。

「椿…。椿、ね」

花弁を散らさず潔く命を落とす様が遊女に似合うような、そうでもないような。
しかしどこか凄烈な印象を植え付けられたのも事実だ。

「ふ、少しは楽しめそう」

達海が名を告げたとき、腰に差した刀へ無造作なように添えられた手に一瞬力を入れたのを見逃さなかった持田は、冷えきった茶を飲み干した。



---------------<キリトリ>-----

ちゃんと椿を出してあげたいよ…。




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