「やぁ、椿君。こんばんは」
「…!!」
「はーい、逃げないの。ていうかその態度すごい失礼だよ」
「も、持田さ…!」
「うん、こんばんは」
「こっ、んばん、は」
腕を掴んだ手に力を入れれば、ますます怯えた顔をして吃りながらのご挨拶。
ほんっと椿君て、わっかりやすくっておもしろいよねー。
今も何とか逃げ道はないかと視線を忙しく動かしてるけど、夜中にタイミングよく天の助けなんてやって来るはずもない。
だからこそこの時間を狙ったんだけどね。
余所のクラブハウスだなんて、近付くにはちょっとリスクがあるんだけど。
「な、何かご用ですか…?」
「あると言えばあるけど、でももう済んだとも言える」
「?」
明かりの少ない闇の忍び寄る中で、椿君の大きな目の黒さは一段ときれいだ。
この目がそこに映すのは、フィールド、ボール、ゴール…そして、あの人?
「君に会うのが目的だったからさ。まさに今、用事の真っ最中」
「お…れ?」
「そう、君」
数回ピッチの上で敵対しただけだ。抜いたり抜かれたり。今まで何百回、何千回と繰り返してきたこと。
なのに、相手が椿君だというだけで、こんなにも鮮やかに記憶に残る。
芝の緑、ゴールポストの白、ユニフォームの赤と黒。
くっきりと、まるでそこだけ切り取られたように。
「君に、ものすごく興味を持ったから―――」
興味を持ったものって、欲しくなるじゃん?
俺、自分のものはちゃんとわかるようにしとくタイプなんだよね。
だから。
「っあ、イ!?」
「ん、ちゃんとついた」
暗くてもわかる。日に焼けた首筋に少し深い歯形。
血は流れてないけど、シャワーを浴びたら滲みるかもね。
「持田さん、」
「じゃーね、椿君。また来るよ」
「…っ」
ソレが消えた頃に、ね。
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サルベージその2。
持田様はわかりやすい肉食獣。