「ユースの試合?」
「そうです、うちのチームの写真をお願いしたいんですが」
「別にいいぞ、急ぎの仕事もないし。いつだ?」
「今週の土曜です。10時から、うちのグラウンドで」
「わかった」

そう言うとほっとしたような顔を見せて堀田は笑った。人当たりの良さが現れてて、さぞ子供に懐かれてることだろう。ユースのコーチに適任だろうな。

「子供たちに一応、写真のことを伝えますが…、ふ」
「は?何かおかしいこと言ったか?」
「いえ、ひとり、緊張で固まりそうな奴がいるなぁと思って…」
「固まるー?」
「緊張しやすいんですよ。チキンっていうか」
「何だ、それ」
「ポテンシャルは高いんですけどね…好不調の波が激しいんです」

聞けばそいつは中学一年らしい。その年ならまだ不安定で当たり前なとこもあるとは思う。が、わざわざ言うってことは相当なのか?

「ノれたらひとりで試合の全部をかっさらっていきますよ」
「へぇ…」

高校までは俺もサッカーをしてたし、試合の経験もある。だから堀田の言うことがリアリティをもって理解できた。
稀にいるんだ、そういう奴が。実際、俺らの上の学年にもひとりいた。ボールを持っていようがいまいが、つい目で追ってしまう、そんな存在が。

「その年でか。たいしたものだ」
「えぇ。でもいつもそうじゃないので…不調のときは本当に下手ですから」
「それは…使い勝手に困るな」
「本人、一生懸命なんですよ。あと緊張に弱いのも自覚してます。スイッチの入れ方を把握できたらいいんですがね」
「まだ中学生だろ。これからだ。しっかり指導してやれ」
「はい」

それから簡単な打ち合わせをして堀田と別れた。
スタジオに足を向けながらも、頭からチキンの中学生が離れなかった。





「堀田」
「堺さん、おはようございます」
「おぅ」

グラウンドではすでに試合のためにアップが行われていて、思ってた以上にギャラリーもいる。ざわざわと落ち着きを欠いた雰囲気の中、選手たちは笑いながら準備を進めている。

「どこから撮ったらいい?」
「どこからでも。あ、でもひとつだけ。各選手ひとりずつ写るようなものを一枚はお願いします」
「あぁ、わかった」

今回はあまり大袈裟な機材は持ってこなかったがそれがよかったらしい。グラウンドを一回りしながら試しに何枚か撮る。引いてピッチ全体を、それから選手のかたまりを何枚か。選手たちがチラチラとこっちを見てくるのに気づいたが、何も言ってこないとこからして堀田から話が通ってるんだろう。
そのうち時間になり、試合が始まった。





(…だいたいひとりずつは撮れたか…)

途中で交代した選手も含めて一通りは撮れたはずだ。
試合はどっちのチームもよく動くから見ていてなかなか楽しいもので、選手全員が生き生きとした顔でプレーしていて、撮りがいがある。さらに数枚ピッチ全体を写していると、堀田たちのチームが最後のカードをきった。

「椿ー!焦らなくていいからな!」
「んなこと言ったら余計に焦りますよ。気にすんなよ、椿!」
「だっ、大丈夫っす!」

ピッチに走ってきたのは、まだまだ成長期にもなってないような、細っこい奴だった。周りのチームメートから声をかけられ様子からして、ずいぶんと好かれてるようだ。
試しにファインダー越しに覗いてみる。倍率をあげて、アップに。

でかい目が印象的だった。黒くて丸い目。試合に出たことがうれしいのか、きらきらと輝くそれが眩しく、思わずシャッターをきっていた。

(…何やってんだ、俺は…)

選手個人の写真はできるだけそいつがボールを持っているシーンで撮るようにしてた。別にそういう注文があったわけではないが、やっぱりボールがあるときが動きのよく出てるときだし、選手としてもそういう写真の方がいいと思ったからだ。
なのに、無意識にシャッターを切ったなんて…。

顔を上げ、頭を振る。軽く息を吐いて眺めたピッチでは、椿と呼ばれたさっきの選手が一気に敵陣の深くまで駆け上がっていた。

(速い…!)

試合展開が急速に変化する。鋭いパスを受けて、椿がゴールを見据えてシュートの体勢に入った。

無意識に、シャッターを切った。





「いい写真ですね。選手たちも喜んでくれますよ」
「そうか、ならよかった」
「堺さんなら大丈夫だと思ってました」
「おだてても何も出ねーよ」

いつぞや打ち合わせをしたコーヒーショップで堀田に出来上がった写真を渡す。
その場でぱらぱらと確認を始めた堀田は満足そうに笑ったのを見て、ほっとした。
出来の悪いものなんてないが、気に入られるものを用意できてよかった。こういうのは個人の好みだからな…。

「あ、これ…?」
「ん?」
「椿のだけ二枚ありますよ」
「え?あ、抜き忘れかもしれない、悪い」
「こっちのもいい写真ですね。スピード感がよくわかります」

堀田の手から抜いたのはあの最後に交代した選手を撮った二枚目の写真だった。
スピード感、と言われ、あの光景がまた脳裏に浮かんだ。

「あの足はいい武器だな」
「でしょう?あと視野も広いみたいで、いいところにパス出したりもしますよ。…まぁ、調子がよかったら、ですがね」
「あ?てことは…」
「あの子が例の子です」
「緊張しいのチキンか」

小さく苦笑いをしながら堀田は頷く。
仮にも指導者なんだから俺の物言いをたしなめないのもどうかと思わなくもないが…でもこれ以上にわかりやすい言い方もない。

しかし、あいつがそうなのか…試合でずいぶんと活躍していた割りに交代が最後だったのはそういう理由がだったからか。

「この間の試合はノれた試合だったんだな」
「はい。写真以外にもプレッシャーになる要素もあったんですけど、いい方向に働いたみたいですね」
「確かに能力は高かったな」

視野が広いというのは正しいんだろう。要所要所で、ここにいて欲しいと思うところにいて、ここにパスが欲しいと思うところにパスを出していたから。
端から見ていて、群を抜いてうまかった。だから、あいつが下手なときの様子ってのがちょっと想像つかないんだが…。

「おもしれぇな」
「育てがいはありますよ」
「だろうな」

人に物を教えるのは得意ではないが、ああいう原石みたいな奴を磨いていくのは楽しそうだ。
どう化けるのか、予測がつかない。その開花を、自分の手で施してやれる。

あくまでも想像でしかないが、妙にぞくぞくしてきた。

「こいつの名前、何ていうんだ?」
「椿です。椿大介」

椿大介。

あの光景とともに、この名前がしっかりと頭に刻み付けられた。



---------------<キリトリ>-----

…つづ、く?




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