弁天


小瓶一杯に入った白い錠剤。金髪のあの人にすこしだけ似た人がにこりと私にそれを差し出した。「これを飲めば愛しい人と同じ時を歩めますよ」とその人は言う。なんて夢のような薬なんだろう。「夢みたいね」と苦笑するとその人は「夢じゃないですよ」と綺麗に笑った。

「それで?」

弁天は眉間にシワを寄せて続きを促した。

泣いた。ぼろぼろと涙がとめどなく溢れた。そんな物は存在しないと分かっている。分かっているのにそれを手に取って、あるだけ飲み込んでしまいたいという欲求。
そんなものが無ければ貴方と幸せになれないという悲しみ。

「そんなものを信じられるほど、子供じゃなかったわ」

信じてしまいたい、嘘でもいいと縋りたかった。
同じ時を歩めれば、私は幸せになれる、そんな気がした。
それじゃあ、私は今、不幸なの?

愛しい人の死に目を見ることはない、よくよく考えたらこれ以上の幸せなんてないのでは、と思う。
たとえ私だけがどんどんと歳を取っていったとしても。

「じゃあ、その薬受け取らなかったんだな?」
「…ええ」

もちろん、受け取ったわ。受け取って今も鞄の中に入ってる。

いつか、私は貴方と別れて子どもがする恋だったと笑いながら無難な男と結婚して子どもを産んでその子に嘘の幸せを教える。子どもの将来について旦那と口論しながら同じベッドで眠り歳を重ねて子どもが成長して家を出たらすこし寂しくて穏やかな日々を過ごすの。
そのささやかで目まぐるしい人生の中きっとこの薬を無くしているわ。捨てたわけでもないのに、私の手の中から忽然と消えて、それからようやく、ゆっくりとだけども、貴方を思い出す時間が減って行くの。

顔も思い出せなくて、貴方のいるこの場所へ行く道も思い出せなくて、でもふと、ごくたまに貴方のその眩しい金髪を思い出すの。

きっと、それが私の幸せ。









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