楽しいと思い込まなきゃ。
辛いと信じ込まなきゃ。
でなきゃ今にも死んじゃいたくなる。

誰と居たって無感情で誰と過ごしたって無感動で。それって死んじゃってるのと一緒なんだと気づいた瞬間必死で暗示をかけた。
今呼吸してる意味がなくなる前にそれを染み込ませた。

「え?」

無理矢理に守っていた日常は呆気なく壊れた。正確には殺された。
足の裏をじわじわと浸水する赤黒い血は恋人と呼んでいた人のものだった。

「あ、私も殺されるのね」

恋人が死体に変わり果てているのにも関わらず私は泣くでもなく歎くでもなくあっさりとした結論を口にした。

私が感動的で情緒的な人物を演じていたのは生きるためだけで、私と私を殺す人しかいない空間では無意味だったからなのか、それとも酷く動揺してたからこそ取り繕えなくなっていたのか。

「何で俺が君を殺すの」
「私は殺害現場を見てしまったわ」
「だから?」

不思議なことを言う人だ。
普通なら殺してしまうか最低脅すぐらいはするのではないだろうか。

「殺さないよ。依頼されてないし」
君を殺してもお金貰えないしね。

依頼されたと言うことは殺害業者なのだろう、ますます顔を見られたら困るんじゃないのか。よくわからない。私には縁のない世界だったから。

そういえば、らしくない高級レストランでの食事に連れていってもらった。何か得意気にもうすぐ世間は俺のものになるとかまた妄想めいた夢を語っていた気がする。その所為で依頼されてしまったのだろうか。
なんて馬鹿なひと。

「死にたいの」
「さあ。とりあえず私は彼のために生きていたようなものだから、」
これからどう繕おうかしら。

ああ、きっと明日にはこの死体が見つかって私へ連絡がくる。そしたら泣いて喚かなきゃ。

「まあ、俺にはどうでもいいけど」

じゃあね、と踵を返した背中。

彼には表情が無く、感情も無かったように感じたのは私がそうだからか。
私は仲間を見つけた気になり、その仲間が何の違和感も持たず生きていたからなのか、私は今まで自分自身にかけていた暗示の無意味さをようやく理解した。

「うん、さよなら」

そんなものがなくっても私は呼吸している。死んでいたくないから私は必死で今まで暗示をかけていた。それだけで生きている意味には十分だったのだ。

そして私は殺人者に恋をしてまた生きる意味をひとつ手に入れた。





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