金を払った手で、そのまま腕を掴まれた俺は、強引に奈波さんの方へ引き寄せられた。
何で、よりによってこんな所で、しかもこんなタイミングで現われるんだ?

「放せよ」

掴まれた腕をふり解こうとしても、馬鹿力はびくともしない。
呆気に取られたようにこっちを見ていたサラリーマンに、救いを求めるような視線を向けた。

「おい、君。彼が嫌がっているじゃないか」
「悪いが、こいつは俺の連れだ」

奈波さんの鋭い一瞥に、サラリーマンは完全に怯んでしまった。
駄目だ。自分を僕と言っていた時点で、このサラリーマンは駄目だと思ってたけど、やっぱりいいのは見た目だけだっみたいだ。
そんな情けないサラリーマンと仲良しこよしになる前で良かったが、状況は何だかすごく悪いような気がする。
何で奈波さんはこんなに怒ってるんだ?


「放せって言ってる」

結局、店の外まで引きずり出されてしまった。いい加減、腕が痛いんだけど。

「いいから来い」

素早く辺りを伺いながら、奈波さんはすたすたと歩いて行く。腕を掴まれたままの俺は、ずるずる引きずられてしまって、殆んど拉致状態だ。

「どこに行くんつもりだよ。いい加減放せって」
「るせぇ、黙ってろ」
「何なんだよ!」

俺が言い返そうとしたら、強く引っ張られて、建物の隙間に押し籠められてしまった。

「静かに」

光の届かない狭い空間で、奈波さんのシルエットが俺に大きく覆いかぶさってくる。

心臓がぎゅっとなって、全身から汗が噴き出してきた。
そんなはずがないとわかっていても、奈波さんの影に違う影が重なって見えてしまう。
ひゅっと喉がなって固まってしまった俺に、奈波さんの唇が重なった。漂う煙草の香りに、どうしてか僅かに呼吸が楽になる。
ぺろりと俺の唇を舐めた後、異変に気付いたのか、奈波さんがすぐに離れた。

「どうしたんだ? おい、大丈夫か」

ちょっと、だめかも……。
ふらりと傾いだ俺の体が、とっさに伸ばされた腕で抱きとめられた。
纏う煙草の香りにひどく安心する。
奈波さんは、あいつとは違うんだって実感できたから。

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