「それだけ跳ねっ返ってりゃ大丈夫だな」
「はぁ、何が?」

ぽんぽん、と俺の頭を撫でる奴の手つきからは、厭らしさは感じなかった。
今更いい兄貴面したって、奴に対する心証は変わらないのに。

「そんな睨むなよ。もう何もしねえから」

俺の様子に苦笑いを浮かべて、すっと手を離す。
離れていった手に感じたものには、見て見ぬ振りをした。

「自業自得、人の親切を仇で返しやがって」
「なら、今日の治療代と前回のリベンジ分、今度きっちり支払ってやるぜ」

そう言うと、俺の返事も聞かずに、奴は颯爽と出て行ってしまった。

「まさかまた来るつもりかよ。もう、来なくていいのに」

あいつは嫌だ。強引にずかずかと入り込んでくる。
このまま、何にも煩わされる事なく、平穏なままでいたいのに。


とは言いつつも、あいつの強引さには適わなかった。
翌日、大きなビニール袋をぶら下げて、奴は再び現れた。

「何です? それ」
「鍋だ、鍋」
「なべ……?」
「言ったろ、治療代だ。キッチンはどこだ?」

この調剤薬局は、二階が住居になっている。
そう易々と胡散臭い変態野郎をあげる訳にはいかない。何をされるかわかったもんじゃねえし。
けど、奴は待合室から住居スペースへと続くドアを探り当ててしまった。

「勝手に入んな!」

俺が止めようと奴を遮っていると、同僚の美里さんが調剤室から顔を出してしまう。

「尋貴君、どうかしたの?」
「あっ、いえ……。っておいあんた、待てってば!」

彼女に気を取られた隙に、奴はするりと中へ入ってしまった。
バタンと音をたてて閉められたドアに、仕方なく俺が踵を返すと、美里さんが微笑んで俺を見ていた。
どうせちょっかいかけるなら、美里さんの方がよぽどいいだろうに。美人で、何より女だ。

「楽しそうだったわね。さっきの方は友達?」
「違います! あいつは変態だから、美里さんも気を付けてくださいよ」

結局、あいつの侵入を許してしまった。
それから俺は、終了時間ギリギリに飛び込んできた来客のために、薬剤の調合を始めた。
鍋って、あの野郎とは不釣り合いな組み合わせだな、などと呑気に考えながら。

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