「うちは病院じゃないんですがね」

頬を消毒してやりながら、嫌味な感じで溜め息混じりに呟いた。
俺の態度など意に介した様子もなく、寧ろ楽しそうに奴は見つめてくる。

こいつの目は何だか嫌だ。黒い瞳は、泣いてなんかいないのに濡れているみたいで、そんな風にじっと見られると、堪らなく居心地が悪くなってくる。

精悍な顔に引っ掻き傷。猫にやられたとか言ってたけど、よく見れば頬全体が赤くなっている。
平手打ちでもされたのだろうか。打たれながら引っ掻かれるなんて、一体何したんだ? 痴漢か?

「猫って、気の強い雌猫なんじゃないですか」
「気になるのか、この傷」
「あんたがどこで何されようが全く気になりません」

何だかろくでもない理由のような気がするし、俺が何となく気になってるのがばれるのもむかつく。

「お前の肌は傷一つ無くて綺麗だな」

……何を言いだすんだこいつは。
また治療代だとか何とか言って、良からぬ事でもするつもりなのかと身構えた。

「そういや、お前一人なのか。ここの家主は一緒に住んでいないのか?」
「昼間は同僚がいるし、夜だって、ここに住んでる猫が俺に何かあったら大騒ぎしますんで」

俺の警戒心たっぷりの解答に、警戒すんなよと肩を竦める。自業自得だっつーの。

「なら、一人なんだな。大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も、一番やばいあんたが出て行けば大丈夫ですが」

ここの主人は、今はいない。以前は一緒に住んでいたんだけど、いなくなってしまった。

そいつのことを思い出していると、ふわりと頭に手を乗せられる。
また、気付かないうちに奴は俺の傍に来ていた。
こいつは気配を消すのが上手い。でかくて黒いくせに。

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