「来る? うち、すぐ近くだけど」

思わず、軟派みたいなセリフが飛び出してしまったのは、仕方がないと思う。


買い出しの帰り。公園で蹲っていた黒い塊を見つけた。
関わらない方がいいとどこかで警鐘が鳴り響いたけれど、一瞬見せた貴石を思わせる黒い瞳が俺を引き留めた。
どこか懐かしいような気がする。

見れば、腕には血のついたハンカチが巻かれていた。

「それ、怪しまれて通報されるんじゃないか?」

そこでやっと俺を見上げた男は、一瞬だけ驚いたように目を見張った後、少し考える素振りを見せた。
まさか、この状況でしつこく話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
男らしく精悍な顔立ちだった。

それからゆっくりと立ち上がる。見上げるほど背が高く、纏う空気に威圧されてしまいそうになった。
男がはおっている薄手のコート、その黒い色のせいで威圧感が増しているような気がする。
おまけに、男の雰囲気と強い目の威光は、そこらの男とは一線を画していた。
ほんと、昔飼っていたドーベルマンみたいだ。そう思うと怖さも吹き飛んでしまう。

男が立ち上がったのを了承と取って、俺は歩き始めた。何も言わずに少し距離を置いてついて来る。
よほど警戒しているのか、辺りに鋭く視線を送っていた。

「医者、じゃないよな?」

俺が白衣だったからそう思ったのだろう。初めて男が語りかけてきた。
甘くて低い声に思わず振り返る。色男は声までいいらしい。

「薬剤師」

医者じゃないのが不満なら、別に来なきゃいいんだし。
それから俺は振り返りもせずにまっすぐ歩いた。

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