遠ざけられても、そのまま逃げ出したりしない。
どんなに邪魔されても、自分で兄のもとへ戻ろうと思った。


早く会いたかった。
ホテルの廊下を走る。
目の前に迫ったエレベーターの扉が開いた。
足がもつれて、倒れそうになった俺を抱きとめてくれたのは、エレベーターから降りたばかりの兄だった。

そのまま、人気のない廊下の角に押し込められる。

「お前の子飼いから聞き出した。あの男と会っていたんだろう。何があった?」
「兄さんに呼ばれたと思ってたんだ」

俺を呼び出したのは、兄ではなかった。
それだけで舞い上がるほど嬉しいのに、今、目の前に兄がいる事実に自惚れてしまう。

「あいつ……」
「逃げてきた。俺、兄さんじゃないと嫌だから」
「何かされそうになったんだな」

その声音に含まれているのは、嫉妬なのだろうか。

「あの男が黒幕だ。俺達を追い落とそうとしていたんだ」

そう言った兄を両腕で抱き締めた。
驚いたように、兄の体が硬直する。
兄は抱き締められた事はあるのだろうか。
どうしたら、兄の孤独を埋める事ができるだろう。

「どんなことを細工されても、俺が大切なものは変わらないのに」
「……俺は、もうお前の事しか考えられない」

兄からの不意討ちに、言葉が出なかった。
俺を抱く腕に力がこめられて、見つめてくる視線には熱がこもる。

「お前を壊したくて堪らないのに、矛盾してる。大切にしたい」
「兄さんならいいよ。何をしても」

兄が心の内を吐露した。
俺を好きにするのに、遠慮などいらないのに。

流されているだけだと兄は言う。
すぐにそれを否定した。
それだけで、簡単に体を委ねたりなんかしない。

兄は俺を買い被ってる。
本当の俺はとても貪欲で、こんなにも淫らだ。
兄が触れた所が熱を帯びて、もっととねだる。

「お前が入社すれば、また問題が起こる」
「駄目だよ。俺は絶対に行くから。兄さんが一人になるでしょ」

言葉を飲み込むように、唇を塞がれた。
舌を絡め取られる。

キスの直前。
兄が、俺以外には傷つけさせないと呟いた。その独占欲が嬉しい。


もしも、二人でどこかに行きたいと言ったなら、その願いは叶えてくれるだろうか。
いつかは叶えられるだろうか。


end.

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