エピローグ

爆発事件の犯人は、麻薬取締官だった。
多額の借金を返済するために、捜査局が押収した麻薬に手を出していた。あってはならない事態だが、そういったケースは完全に無くなる事はない。
爆発事件は、押収品の管理に携わっていた葉月を証拠とともに葬り去るのが目的だったのだ。

当初、事件と同時に姿を消した葉月が疑われていたが、犯人が捕まった事で葉月の無実も証明された。
だが、横流しに関わっていた組織は、一部の者しか逮捕する事が出来ていない上、工場の内部捜査も一から洗い直しとなってしまった。

犯人を撹乱する為に匿われていた葉月は、事故の影響で記憶喪失になっていた。帰って間もなく記憶は戻ったが、代わりに数日間の記憶は無くなった。
自分自身の記憶がぽっかり空いてしまった不安からか、葉月の胸は痛い程の喪失感が占めている。
失った記憶を取り戻したかった。しかし、葉月がどこにいたのか尋ねてみても、東京近郊にいたとしか神野は答えなかった。

「葉月」
「はい」
「そろそろ時間だ。無茶はしないように」
「わかりました」

神野の気遣いによる口出しは、今まで以上に多くなった。
あんな事件があったのだから仕方がないのかもしれない。だが、どこまでも管理されているようで、神野から逃げ出してしまいたいと、時折思うようになっていた。

「真宏」

目の前に伸びた神野の腕に、葉月は動きを止められる。
ふわりと漂う神野の香り。嗅ぎ慣れていたはずなのに、違うと感じた。

「終わったら真人と花見をしよう。だから、必ず無事に戻ってくれ」
「はい」

静かに頷き、神野の腕から抜け出した。


◇◇◇


真夜中に作戦が決行された。
今回はビルの地下で、大がかりな麻薬取引が行われるとの情報を得ていた。命懸けで潜入捜査をしていた仲間の為にも、必ず成功させなければならなかった。
復帰間もない葉月は、第一陣のチームが突入した後の後援のチームに配置されている。
途中までスムーズに事は運んでいた。しかし、どこかに狙撃犯が潜伏しており、数名が撃たれてしまった。

葉月は隣接する公園へ駆け出した。

「戻れ!!」

誰かが叫んだが、これ以上仲間を撃たせるわけにはいかない。
ホルダーから拳銃を抜き、素早く辺りを見回す。
犯人を見定めた時、相手も葉月の存在に気付いてしまった。
だが、銃撃する事はないまま、狙撃犯の方が先に倒れた。何者かが、狙撃犯を一発で仕留めたのだ。

「誰だ?」

桜の中に人影を見付けた。
しかし、ここに駆け付けたのは葉月一人だったはずだ。本部とは真逆のそこに、仲間がいるはずがない。

強い視線を感じる。
有明けの桜の中で、何者かが葉月を見つめていた。
視線の主は間もなく踵を返し、葉月に背を向け闇に紛れてしまう。
追わなければならないのに、どうしてなのか、葉月は囚われてしまったように動けなかった。

ひらりと桜が舞い、泣きたい位に胸が張り詰める。襲った衝動のまま、葉月は唇を開いた。

「いおり……」

零れた呟きは、誰にも聞かれる事無く、朧桜の中に消えた。


end.

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