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男の視線が無くなった。
葉月から力が抜ける。あの強い視線に晒されて、知らぬ間に身体に力が入っていた。

息をついて、葉月は庭を囲う壁に凭れた。
屋敷を囲う漆喰の壁は、濁った外界を遮断し、美しい庭を守っているように思える。

その時、壁の向こうから誰かが話しかけてきた。

「そのままで聞いて」

語りかけてくる声に聞き覚えがあった。
一度瞬きした葉月は、何事もないように桜の木を眺める。

「俺は朝比奈だけど覚えてるかな。奴が君を隠したから神野が心配してた。犯人の目星はついたから、もうすぐ帰れるはずだよ」
「誰だ! そこで何をしている!?」

壁の向こうから鋭い怒声が響いた。

「こんにちはー、富田造園でぇーす。植木の消毒に来ましたぁ」
「今はいいっつってなかったか?」

屋敷の誰かが駆け付けたようだ。朝比奈は用意周到だったらしく、惚けたように躱している。
傍に来た宮前が、葉月の背を押して屋敷の中へと促した。

朝比奈は、神野の顔見知りの探偵だ。
神野が心配しいると言っていた。そして、帰れるとも。
自分の居場所はまだあった。だが、記憶に穴が開いた不安定な状態で、葉月は復帰できるのだろうか。

不意に、真っ直ぐに伸びた背中を思い出した。
頑なな後ろ姿だった。絡め取るような眼差しで見るのに、背を向けて拒絶する。
あの男が、何を考えているのか分からない。
ただ、分かったのは、何者かから葉月を匿っていたと言う事だ。

あの香の匂いにも慣れ始めていた。
しかし、そのうちに忘れてしまうかもしれない。無くした記憶を取り戻す代わりに、失っている間の出来事を忘れてしまう可能性はある。

誰でもない、葉月真宏を見ていた強い視線を忘れてしまうのだ。あの背中も、香の匂いも、すべて。

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