13葉月が男に会いたいと告げると、宮前は驚いた表情を浮かべた。
「見かけによらず、大胆な方だ」
そう言うと、葉月を男の部屋に案内した。
男の室内には、独特の香りが充満していた。
年代物と分かる古めかしい香炉があり、そこで香が薫かれている。
煙草よりは、幾分匂いが優しい。男から香っていた不思議な香りは、あの匂が染み付いたものだったようだ。
男が背に凭れている立派な文机には、難しい題名の本が積まれ、机の辺りには、毛足の長い柔らかそうな敷物が敷かれている。
「何しに来た?」
「あんたに聞きたい事があって」
「そうか? さっきのが忘れられなくなったんじゃないのか?」
男が傍に近付いてくる。
葉月は、男が動くとその分遠ざかった。
「怖いのか? ならこの部屋から出ていけ」
「怖いわけじゃない。あんたに触られるのが嫌なだけだ」
「そんなに毛嫌いしてるのに、呑気に顔を出すんじゃねえよ」
「毛嫌いしていても、あんたの怪我が気になったんだ」
「俺の心配なんぞ、してる場合か」
ぐっと男が近付いた。葉月は男を見据えたまま、距離を置く。
「思い出したんだ、ついさっき。工場が爆発した後、俺はあんたに抱きかかえられてた。黒煙の中、俺だけマスクつけてたのに、あんたはどうして何もつけていなかったんだ?」
先程男に抱えられた時、不意にフラッシュバックしたのは、ほんの一瞬の場面だった。朦朧とした意識の中で、男の横顔だけが鮮明に映っていた。
もし、葉月を連れ去るために計画されていたものだったら、男だって黒い煙の中、あのマスクをつけていただろう。そうではなくても、葉月にではなく自分に装着していたはずだ。
「とことん目出たい奴だな。どうして俺がお前を助ける必要がある」
「だから、それを聞きたいんだ」
男が、また一歩近づいた。反射的に、葉月も身体を移動させる。
「逃げるな。追い詰めたくなる」
突然、身体がぐらりと傾いだ。葉月が、いつの間にか足を置いていた敷物を男が勢い良く引いたのだ。
そのまま受け身の体勢をとろうとしたが、すかさず足を払われた。
尻餅をつく葉月に、平然とのしかかってきた男を睨む。
「随分とこういうのに手馴れてるんだな」
「手管には定評があってな。お前もぐだぐだになってただろう? またなんにも分からなくなるくらいに泣かせてやろうか」
「もう、記憶なんかぶっ飛んでるんだから、今更余計なお世話なんだよ」
「お前、今の不利な態勢をよ、少しは考えろ」
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