12

目覚めた葉月は、寝かされていた布団から起き上がると、喉元に手を置いた。

着物はきちんと身につけており、痛む喉以外に特に変わった異変は感じられなかった。

葉月を逃がさないと言っていた。
あの男の一連の行為は、ここから逃げられないと葉月を脅すためのものだったのだろうか。屈辱的な行為を思い出し、葉月は唇を固く引き結んだ。


しばらくすると障子戸が開いた。誰かが部屋に入ってくる。
自然と身構えながら、葉月は相手を待った。

「具合はどうですか?」
「あなたは……」

スーツ姿の大柄な男。髪を後ろに流した、鋭い目の男には見覚えがある。

「覚えておられましたか」

葉月がまだ学生の頃、薬の密売人とトラブルになった時に手助けしてきた男だ。
堅気には見えず警戒していた葉月だったが、あっさり密売人を捕えてしまったのだ。

「……どうしてあなたが」
「私は伊織さんの部下なんですよ。千尋達が使えなくなったので、その代わりです。宮前と呼んでください」

宮前と名乗った男の事を、今の葉月と同じような立場の人間であると思っていた。しかし、あの男と繋がりがあったと聞き、葉月は落胆するように言葉を無くした。

「夕食の仕度をしましょう」

そう言って、宮前は膳の準備を始める。
茶碗には粥が入っていた。

「伊織さんの粥を多めに作って分けました。若い方には味気ないかもしれませんが、喉が痛む時はこれがいいでしょう」

葉月は黙って並べられた料理を眺める。粥に湯豆腐と、どれも柔らかく食べやすいものばかりが用意されていた。

「病気……?」
「いいえ。伊織さんは喉を傷めています。何しろ黒煙を吸い込みましたからね」

宮前の言葉に、葉月は眉根を寄せる。
初めてこの屋敷で対峙した時、あの男も包帯を巻いていた。己の怪我を顧みず、爆発から葉月を救ったとでも言うのだろうか。

「……まさか、工場の爆発で?」
「ええ、我々も伊織さん自ら飛び込んで行くとは思いませんでした。さ、冷えないうちに召し上がってください」

それだけ言うと、仕度を済ませた宮前は、部屋から出て行った。

取り残された葉月は、ほのかに湯気をたてる膳を半ば呆然とした面持ちで見つめた。
あの時感じた既視感は、実際に見た光景だったのだろうか。怪我までして、あの男は麻薬取締官である葉月を連れ去りたかったのか。

宮前や千尋達のような人間を部下に持ち、この広い屋敷の主でもある。
葉月には、あの男の事が益々分からなくなっていた。

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