「何をしてる」

障子戸を開けた男の、静かだが存在感のある低い声が響いた。
声の主は、葉月の首を締めたあの男だ。廊下から、静かに葉月達を見下ろしている。

「あっ伊織さん」

千尋が男に気を取られ、久洋からの拘束も緩んだ。
その瞬間を見逃さず、葉月は千尋の首の左側に腕をかけて畳に倒す。そのまま流れるように体を起こし、千尋の左側に上半身を乗せて動きを封じながら、右腕を掴み関節を反対側に固定させた。

「いたたたたたた! ギブギブ、ギブアップ!」

左手で畳を叩きながら千尋が叫ぶ。
関節が壊れるギリギリで千尋を解放すると、慌てたように右腕を押さえながら離れて行った。

「いってーっ、関節外れた。酷いっ」
「目でも眩んだか。手を出すなと言ったはずだが」
「それって、遠回しに手を出せってフリじゃなかったんすか? 久洋……、うわっ、久洋!?」

久洋を見た千尋が驚いた声を上げた。
久洋は口から血を流し、それを袖口で拭っている。舌を葉月に噛み付かれ、流れた血が唾液と交ざったために、実際より酷い出血に見せていた。

「こえーっ。こんなに怖いんなら、最初っから言っといてくださいよ」
「いいから失せろ」
「は、はいっ! 伊織さん、すんませんでした」

男にあしらわれ、千尋は右腕を押さえたまま、久洋と共に部屋からいなくなった。

「威勢はいいんだな」

はぁはぁと浅い呼吸を繰り返しながら、葉月は自分を嘲る男を睨む。
そんな葉月に満足したように笑うと、男は葉月に近づいた。
その男は、葉月の淡い色とは正反対の、眩しいくらいに鮮やかな蘇芳色の着物を纏っている。

「いい様だな」

葉月の乱れた姿を見て目を細めた。
着物がはだけた姿など、同じ男に見られても何も感じないが、あんな事があった後では男の視線に気分が悪くなる。

だが、葉月にはどうすることも出来なかった。久洋に怪我をしていた腕を拘束された後、無理して動かしたためか、痺れて動かす事が出来ないのだ。
そんな葉月を暫く眺めていた男が、背を向けて行こうとする。

「待て」
「……何だ?」

男が振り返り、再び葉月に視線を戻した。

「何のつもりで俺を拘束しているんだ?」
「白澤に聞かなかったか。記憶が戻るまで養生していろ」

そう言うと、男は葉月に向かって手を伸ばす。
一瞬、身を退いた葉月を見てうっすら笑うと、葉月の肩に毛布を掛けた。

「風邪でもひかれたら面倒だからな。白澤を呼ぶから手当てしてもらえ」

そう言い残すと、男は部屋から出ていった。

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