紫紺の着物の男に、いきなり首を押さえられてから三日が経過していた。

真人や神野へ連絡はしていない。と言うより、葉月には連絡を取る術がなかった。
障子の向こうには男が一人、見張りのように待機している。
葉月は、軟禁状態にあった。

屋敷の主であるあの男とは、あれ以来会っていない。
白澤が言うには、彼は会社役員だと言っていた。しかし、普通の男ではないのだろう。
葉月にいきなりあんな事をしてくるような男だ。
今もこの屋敷から出る事は叶わない。見張りの存在や外との連絡手段が断たれていれば、それが記憶を失った葉月の養生のためだけではないと分かる。
手厚く看護されてはいるが、腹の底では恐らく、麻薬捜査局の情報を葉月から聞き出すつもりなのかもしれない。過去にも、情報収集の為に、取締官が拉致された事件があった。警戒は怠らない方がいいだろう。

開け放したままの庭から、暖かい風が入ってくる。
手入れの行き届いた庭には、落ち着いた色の花が静かに咲いていた。あの男は、余程この庭を大切にしているらしい。
一本の見事な冬桜の木が、葉月の視線を捕える。

今ごろ真人はどうしているだろうか。
連絡は入れてあると聞いたが、この状況ではそれも定かではない。
だが、きっと真人は大丈夫だろう。葉月がいなくなったとしても、真人には神野がいるのだから。


「飯だ」

膳を持った男が現れ、開け放したままだった障子戸が閉められる。

怪我が完治するまで動き回るなと言われていた葉月は、この久洋という男に食事の支度や身の回りの世話をされていた。

まだ若いが、無口で淡々と作業をこなす。手慣れた様子で膳の支度をしている久洋は、長身の体をしなやかに動かし、鍛えられた筋肉がその身を覆っている事が分かる。
長めの黒い前髪が瞳を隠しているため、表情が読めず何を考えているのかも分からなかった。


簡単な食事を終えると、ずっと隣で葉月の様子を見ていた久洋が、膳を片付け始めた。
何を質問しても必要最低限の事しか答えない。久洋がいても、静けさは変わらなかった。
しかし、今回は別の男が入って来たために、室内の沈黙が破られた。

「食事は終わった?」

廊下で見張りをしていた男が、障子戸を開けて入って来る。久洋とそう変わらない年齢だが、見た目は正反対のその男は、葉月と視線が合うと口角を上げて笑った。

「俺は千尋。よろしく」

その妖艶とも言える笑みに一瞬葉月が呆けていると、両腕に痛みが走った。
気配も無く葉月の背後に回っていた久洋に、両腕を捕らえられていた。

「うっ……」

傷に痛みが走る。呻いた葉月に構わず、久洋が腕を掴んだまま引き倒してきた。
しっかりと腕を拘束され、葉月は真上から覗き込んでくる久洋を睨む。久洋はただ、そんな葉月の視線を受けているだけだった。

「いい眺め」

千尋と言った男が、酷薄な笑みを浮かべた。
倒された葉月に馬乗りになり、若菜色の着物を左右に割り開く。露になった肌にその笑みを深めた。

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