次に葉月が目を覚ました時、部屋は薄らと暗紅色に染まっていた。
薄暮が迫っている頃だった。

葉月は体を起こすと、自分の荷物を探して辺りを見回したが、広い畳の部屋には何も物は置かれていない。
そうしているうちに障子が開き、白髪混じりの男が姿を見せた。先程の男とはまた別の男だ。

「気分はどうかな?」

何も答えない葉月に穏やかな笑みを浮かべる男は、自分の名を白澤と名乗り、医者であると説明した。

「そんなに警戒しなくても大丈夫。怪我の具合が診たいんだが、構わないか?」

白澤の真摯な様子に葉月は小さく頷く。
明かりが点けられ、明るくなった部屋に白澤が入ってきた。
手渡され白湯を口にすると、その様子を見ていた白澤が安堵したように微笑む。

「もっと警戒されるかと思ったよ。君は冷静に状況判断が出来るようだ」
「俺は、どうしたんでしょうか。ここはどこなんですか?」
「やっぱりわからないのか」
「……はい」
「君は、工場で起こった爆発事故に巻き込まれてしまったんだ。怪我をしていた君をここの主が連れてきてしまったんだよ」
「助けてくれたんですか?」

葉月の問いに、白澤は困ったような表情を浮かべる。

「君は多分、爆発事故のせいで記憶が混乱しいるのかもしれない」
「記憶喪失、でしょうか」
「そうだ。さっき君が出会った男、あいつはこの屋敷の主で、君をここへ連れてきて張本人だ」
「……あの人が?」

からかうように首を締めた男を思い出して、葉月は眉を寄せながら首筋に手を当てた。

「君にちょっかいを出してしまったが、君の様子がおかしい事に気付いたのはあいつなんだ。ところで、君は自分の職業が何かはわかる?」

葉月は黙って頷いた。
自分が麻薬取締官である事は分かっている。
白澤は、既に葉月の職業は知っているのかもしれないが、囮捜査も行う麻薬取締官は、表立って他人に職種を伝えられない。自己紹介をする時には、厚生省の職員と名乗る事になっていた。

「なら、最近の記憶が消えているのかもしれないな」
「ここへ来て、どの位経っていますか? 上司や家族と連絡を取りたいのですが」
「すでに連絡は入れてあると聞いているよ。体が回復するまで、ここで養生するといい。さあ、手当てをしよう。それから夕食をとって早く回復するように」

そう言って、白澤は手際よく包帯を替え始める。

「火傷は軽いから、傷痕は残らないよ」
「……火傷」

葉月の手の甲には、火傷をしたような赤い跡がある。こんな火傷をしたのに、やはりその時の事は何も思い出せなかった。

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