診療所から駆けつけた白澤は、葉月の姿を見て目を見開いた後、直ぐ様手当てを始めた。

「まったく、あいつらは相変わらず馬鹿な奴だ。君が無事で良かったよ」

白澤が呆れたように言った。どうやら、久洋と千尋とも顔見知りだったようだ。

「千尋は見境がない所がある。君の仕打ちがいい薬になっているだろう。普段は久洋が止めに入るんだが、一緒に手を出そうとするとはな」

白澤はそう言うと、首を大きく振り溜息をついた。

「風呂の介助は、これからは私がしよう」
「一人で大丈夫です」
「そうだな、それがいい。だが、しっかり鍵はかけなさい」
「はい」

体の痛みもだいぶ引いた。これから身の回りの事は自分自身で出来る。
例え痛みがぶり返しても他人の手を借りるつもりはなかった。

まさか、男達にあんなふうに手を出されるとは思ってもいなかった。またいつあんな事が起こるともわからず、気を抜く事も出来ない。

「彼らは何者だったんですか?」
「伊織の部下だよ」
「部下……?」

ただの仕事の部下だとも思えなかったが、葉月はそれ以上詮索しなかった。
それよりも、いつもと同じような質問を繰り返す。

「上司と連絡を取りたいのですが」
「それは伊織に確認しないと出来ないだろう」
「許可が貰えないんです」
「なら、もう少し待てばいい。怪我が良くなれば、いつでも可能になるさ」

期待はしていなかったが、その答えに嘆息せずにはいられない。
白澤も、ここの人間には変わりないのだ。


◇◇◇


陽の当たる濡れ縁に腰掛け、葉月は庭を眺めていた。
今頃、真人はどうしているのだろうか。神野がいれば大丈夫だとわかっているが、何日も様子がわからないと葉月にも不安が襲う。

記憶のない今の葉月を知って、真人に心配をさせたくない。それに神野に情けない姿を見られたくはなかった。
だが、葉月の奥底では、このまま真人や神野に忘れ去られてしまうのではないかと不安が過るのだ。


「帰りたくなったか」

男がゆったりとした足取りで、葉月に近付いてくる。

「帰りたいと言えば、帰してくれるのか?」
「どうだかな。お前が強かったら、帰れるんじゃないか?」

少し距離を開けて、男は腕を組んで葉月に視線を向けてくる。
明るい場所で見ると、男の蘇芳色の着物は一際艶やかに見えた。

「白澤がごちゃごちゃ煩い。久洋達だけじゃなく、あんな親爺も誑かしたか」
「そんな覚えはない」
「職場じゃ、何人垂らし込んだ。あの神野と言う男はどうだ」

神野の名が出て、思わず葉月は男を見上げた。
麻薬取締官の情報は公開されていない。だが、揺るぎない男の視線に、男が事実を知っているのだと悟る。

男は、そんな葉月の反応を鼻で哂った。

「分かりやすい反応だな。まだ手を出されていないのか。それともお前が忘れているだけか?」
「神野さんはそんな人じゃない」

男が近付いた。警戒していた葉月は、男が伸ばしてくる手を避けたが、着慣れない着物が邪魔をした。
葉月の袂を掴んだ男に、そのまま強い力で腕まで掴まれる。咄嗟に振り払おうとしたが、その反動で逆に引き払われた。
床に転がるように倒れ、背中を打ち付けた葉月は痛みに呻く。
睨み上げれば、冷たい目が葉月を見下ろしていた。

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