冬も近づいた頃。とても肌寒い日に、桜の木が一本だけ、ちいさな花を咲かせていた。
春に見る花より赤みの少ない花びら。そのすぐ隣には、燃えるようなもみじの葉。
葉月は、寒い季節の繊細な花に惹き付けられていた。
そんな葉月に、物知りな真人が教えてくれた。冬の始めに咲く桜は、冬桜と呼ぶのだと──


葉月は、ざらりとした幹に手を這わせ、今は蕾も何もない木を見上げた。
庭にぽつんと植えられた冬桜。きっとこの木も、寒くなれば美しい花を咲かせるのだろう。
木の幹にもたれかかり、痛む体を誤魔化すように目を閉じた。


葉月が目を覚ました時、自分がどこにいるのかわからなかった。
見慣れない天井、とても広い和室に雪見障子。
そして身体のあちこちが痛んだが、葉月にはその理由が思い当たらなかった。薄手の着物を着た体には、包帯や湿布で手当てをされていたのにも拘らず、何も分からないのだ。

「真人……? いないのか?」

静まり返った部屋に、ただ葉月の声だけが響く。
痛みを堪えながら布団から起き上がり、閉じられていた障子戸を開いた。
目の前に広がったのは、手入れの行き届いた広い庭。その中で一際目についたのは、一本の冬桜だった。


それからゆっくりと庭に降りた葉月は、導かれるように冬桜に近付いていた。

庭から見ると、葉月が寝かされていたのは随分大きな屋敷だったのだとわかる。
それに着せらていた藍白の着物は、肌触りのいい上質なものだった。
屋敷もこの着物も、持ち主については何も分からない。
ただ分かるのは、葉月の怪我の手当てをしてくれた、親切な人間であろう事だけだ。

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