「葉月、ちょっといいかい」
「はい」

警察との会議終了後、葉月は上司である神野に呼び止められた。
退出しょうとしていた足を止め、神野に向き直る。一つ瞬きをすると、葉月はその黒い瞳を見つめ返した。

神野は真面目な性格を表したようにきっちりとスーツを着こなし、常に乱れのない清潔な髪型をしていた。普段は人当たりのいい柔和な人物だが、仕事となると厳しい一面を見せる。
今は、会議の時に見せていた堅い表情を幾分和らげていた。

「今日の調査は宜しく頼んだよ。あまり無茶はしないように」
「わかりました」
「ところで、真人の様子はどうだい?」
「ここのところ、体調はいいようです」
「そうか。また近いうちに行くよ」

一礼すると、葉月は神野に背を向けて歩き出した。

真人は葉月の双子の兄だ。
生れ付き心臓に欠陥があり、幼い頃から入退院を繰り返している。そのためか、葉月よりも線が細く、物静かな男だった。
今は近くの図書館で司書として働いているが、先月風邪を拗らせて倒れてしまった。
真人は冬の寒さにも耐えられない。そんな真人をいつも大切に守っているのは、神野だった。


しばらく歩いた所で歩みを止めた葉月は、硝子越しに見える桜の木々に視線を移した。花びらが散って行く寒々しい様子に、先日三神と接触した時の出来事が甦る。
結局、葉月は彼らを逃してしまい、三神が何故あの場所にいたのかは、分からず仕舞いになっている。拳銃を所持していたのは三神ではなく、それが三神の仲間だという確証もなかったため、警察も踏み込んで調査はできていなかった。
あの時葉月が捕まえていれば、今ごろ三神の裏を抑える事が出来ていたかもしれないのだ。

しかし、葉月が三神を深追いした事で、神野から叱責を受けていた。神野は真人の事もあるためか、葉月に対しても過保護に扱うところがあった。
今日は、これから都内の比較的規模の大きな工場で、警察と共に内部調査を実行する。バックには海外の組織の影もあり、何が起こるともわからない状況だ。
そのため、神野からは危険を顧みるように何度と無く諭されている。

ふと、葉月は硝子に自分の顔が映っているのに気付く。見慣れた顔だが、同じようで全く違う。葉月は己の顔よりも、真人の柔らかい表情の方が見慣れている。
それからすぐに唇を引き結ぶと、再び前を向いて歩き出した。

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