プロローグ

東の空が次第に明るさを帯びはじめていた。
淡い光を浴びた薄紅の花びらが、靄がかかったようにほんのり浮かび上がっている。

東京郊外。桜の木々に囲まれたここは、本来なら長閑な場所だ。
そんな場所で、麻薬取締官である葉月真宏は、銃口を対峙する男へ向けていた。
仲間達がいる場所が遠くに感じられるほど、緊張を孕んだ静かな空気が辺りを包む。

数メートル先には、ダークスーツを身に纏った男。
今し方、木立の向こうの建物で、仲間達が踏み込んだ組織とは関連が無いはずだった。
それとも、裏で繋がっていたのだろうか。
狙いを定めたまま、隙を与えず葉月は考えを巡らせた。


今ここに味方はいない。自分一人しかいなかった。
敵は二人。
一人は、表向きは一般人であるはずの三神伊織だと確認できた。もう一人は、薄闇に紛れて葉月に拳銃を向けている。

「一人でのこのこ付いてくるとは。いい度胸だな」

清冽な空間に、三神の笑いを含んだ低い声が響いた。

裏社会で三神伊織の名を知らない者はいない。
警察だけではなく、麻薬捜査局も三神に目をつけていた。

三神が、このまま退くつもりなら追い掛けるし、向かってくるなら応戦する。
どちらにしろ、無傷ではすまされない状況だった。
でも、怖くはなかった。
寧ろ、挑んでみたいとさえ思った。

それなのに、捕われてしまったみたいに身体が動かない。知らず拳銃を握る手が汗ばんだ。
桜の木の中、目が合ったその一瞬に見せた色がこびり付いて離れない。


どうしてこの男は、自分をあんな目で見ていたんだ?

[ 3/21 ]


[mokuji]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -