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泣いている拓海を悲しそうな表情で見た遥都は、その視線を倉林へと向けた。

「……副会長」
「ッ、ハルトン」

低い声で呼ばれた倉林の肩が、びくんと跳ねる。
拓海も、自分を抱き寄せている遥都が出した声音に、驚いて彼を見上げた。さっきまでの表情と違って、とても冷たい。穏和な遥都とはかけ離れた表情だった。

「あなたがなぜ拓海の部屋にいるんですか?」
「えーっと……」
「しかも、拓海を泣かせましたね」
「そ、それは!」
「もしかして、副会長の下半身事情に拓海を巻き込むつもりだったんですか? そんなことに純粋な拓海を巻き込まないでください。拓海は襲われて、今日まで病院にいたんですよ」
「えっ!?」
「は、遥都……?」

どうして遥都が知っているのだろうか。
遥都を見上げたまま驚く拓海をちらりと見た遥都は、また悲しそうな表情をしていた。

「……それ、ホント?」
「本当ですよ。そんな嘘を言ったってすぐにわかりますよね」

倉林は、なぜか急に覇気を無くしてしまった。顔色を悪くさせ、肩を落とした倉林の視線が、遥都から恐る恐る拓海の方へと移動する。

「…………ごめんね」

拓海はまじまじと倉林を見た。蚊の鳴くような声だったが、確かに彼は拓海に謝ったのだ。
それがとっても意外だったので、驚きながら倉林を見ていると、居心地が悪そうに視線を彷徨わせている。
その倉林の頬が赤くなっていた。色が白いから、拓海が叩いた場所が目立ってしまっている。

「俺も、叩いてしまってごめんなさい」

拓海も謝ると、目を見開いた倉林は叩かれた頬を手で押さえながらぶるぶると首を振った。

「それで、大丈夫だったのぉ?」
「はい。襲われたと言っても未遂だったし……」
「でも拓海、病院に行ったんでしょ」

心配そうにする遥都に、出来れば拓海が病院に行った本当の理由を話したかったが、倉林がいる前ではそれはやめた方がいいだろう。

「……それは、ほら、風紀の皆さんが心配してくれて、学園の外に出て気分転換……みたいな? 今だって俺、意外と元気そうでしょ」

明るく話す拓海だが、遥都の綺麗な目は悲しみに揺れたままだった。拓海が嫌な目にあったのには変わらないだろうと言いたいようだ。

「……勘違いしてた、俺。たっくんはいい子」
「へ? え?」

どこでどうなってそうなったのか。しかも、いきなりたっくん呼ばわりする倉林に、拓海はついていけない。
困って遥都を見れば、遥都は溜息をついて倉林を見た。

「拓海がいい子なのは当然です。それに気が付いていただけたのは喜ばしいことですが、拓海は僕の大切な幼なじみですからね」
「わっ、わかってるよぉ」
「それならいいです。ですが先輩」
「なーにぃ、まだ何かあるの?」
「拓海のガードを甘くさせるために、手をまわしたりしてませんか? 例えば拓海と水島を引き離すとか」
「ええっ? そんなことしてないよぉ。たっくんがいつ一人になるかなってずーっとチェックしてただけ。そしたら……ナ、ナンデモアリマセン」
「本当ですか? 信じられません」
「嘘じゃないってば!」
「本当に嘘じゃないんですか? ならどうやって拓海の部屋に入ったんです?」
「それはモリリンが!……はッ!!」

慌てて口を両手で押さえる倉林に、遥都は冷ややかな視線を向ける。

倉林は、もっと狡猾でズル賢いイメージだったが、この短時間でなんだか違うらしいということがわかった。
それに、モリリンとは、会計の森崎のことなのだろうか。
じっと拓海を見ていた森崎の視線を思い出す。今は、彼こそが腹に一物を抱えているような気がしていた。

「先輩」
「んー?」

拓海が声をかけると、口を押さえたまま、倉林が視線を向ける。

「この前、食堂で意地悪なこと言ってましたよね?」
「んあっ、ご、ごめんねー? でも、篠宮には謝らないからね!」
「あ、先輩……!!」

食堂でのことを聞きたかっけれど、言い逃げするように、倉林は走って部屋から出て行ってしまった。

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