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「どうしてここにいるんですか!?」
「どうしてって、また会いたいって言ったよねぇ」

そう言いながら、倉林は拓海に近づいてくる。
拓海は全く会いたくなかった。それに、倉林だって拓海に対して絶対にいい印象を持っていないはずだ。
なのになぜここにいるんだろう。

全くいい予感がしないので、玄関に向かおうと踵を返したところで、拓海は方腕を掴まれた。
掴まれたところが地味に痛い。

「放してください。それに先輩、不法侵入ですよ!」
「せっかく会いに来てあげたのに、その態度は駄目なんじゃないの?」
「い、意味がわかりません! 別に会いたかったわけじゃありませんからっ」
「えー、ツンデレ? もしかして焦らしてるわけ?」
「焦らすって、……ちょ、痛ッ!」

腕を掴まれたまま、壁に体を押しつけられてしまった。
弾みでぶつけた後頭部も痛い。
細身に見えて、倉林は意外に力も強いようだ。

「夕べはハルトンとこにいたんでしょ」
「ハルトン……?」

倉林を見ると、思いの外拓海より高い位置に視線がある。
近すぎる体に背筋が寒くなったけれど、自由な方の手を握り締めてやり過ごした。

「うちの書記くんだよぉ。キミがハルトン取っちゃったから、寂しがってる子がいるんだよね」
「先輩、言ってる意味がわかりません。取るも何も、遥都は俺の幼なじみなんですが」
「相変わらず生意気だね」

拓海が言い返せば、倉林は口元に弧を描いたまま目を細めた。

「寂しがってる子とは、誰のことですか?」
「そんなのキミに関係ないよぉ。それよりも、今日からは時々俺が相手してあげるからさ、ちょっとはハルトン解放してあげなよ」

倉林は答えるつもりはないようだが、きっと和葉のことを言っているに違いない。
拓海だって遥都に会いたいと思っているくらいなのに、どうしてそんな風に言われなければならないのかわからない。
拓海が会いたかった時に、遥都のそばにいたのは和葉だ。それなのに、悠真が好きだと言って遥都を突き放したくせに、寂しがるなんて身勝手すぎる。

拓海の憤りに気付かない倉林は、腕を掴んでいるのとは反対の手で拓海の腰に触れてきた。そのまま、思わせ振りにゆっくりと拓海を撫でる。

「ハルトンより気持ちよくしてあげる」

その言葉で、拓海は怒りの限界に達した。

「……この、我利我利小悪党が!!」
「いッいたっ!」

ばちんと気持ちがいい音が響く。
拓海が思いっきり倉林の頬を平手打ちした音だ。
倉林に殴り返されてもかまわないと思ったが、倉林は頬を押さえながら、急いで拓海と距離を取った。

「何すんのさ! ガリガリって何なんだよっ」
「それはこっちの台詞です! 先輩は好きな人のためなら身売りみたいな真似までするんですか!?」

カッとなった拓海の両目から、涙が勝手に溢れてきた。それでも言わずにいられない。
ぼやける視界でも、倉林を睨み付けた。

「み……身売りって、別に……」
「それに、あなたはあなた自身だけじゃなくて、遥都も馬鹿にしました! 遥都と俺は幼なじみだって言ったのに。遥都は生徒会が楽しいって、大切だって言って仕事も頑張っていたのに、同じ生徒会である先輩は、そんな遥都を馬鹿にしたんですよ!」

ギッと睨むと、倉林は叩かれた頬を押さえたまま、呆然とした表情で拓海を見ていた。
興奮する拓海は、立ったまま無言になってしまった倉林が許せない。再び口を開こうとした時、遥都の穏やかな声が拓海の名前を呼んだ。

「……拓海」
「は、遥都!」
「大丈夫?」

いつの間にか、遥都が玄関口から拓海のそばに近づいてくる。
そして、宥めるように拓海を抱きしめた。

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