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人の声や金属音で、ドアの外が騒がしくなった後、物凄い勢いでドアが開かれた。入ってきたのは、河峰を始めとする制服姿の生徒達だった。
窓が開いているのを見て、数人が窓の外へ飛び出して行く。

河峰は、拓海を見付けるとすぐに近付いて来た。涙を流す拓海と、縛られて倒れている戸谷を見て表情が険しくなる。

「戸谷君が……」
「保険医を呼んでくれ」

河峰の言葉に誰かが返事をして、携帯で連絡を取り始めた。
屈んだ河峰が、拓海を覗き込んでくる。いつも厳しい顔付きの河峰だったが、今は気遣う様子が強い。

「君は大丈夫か?」
「こ、こんな酷いこと……。蓮達は、絶対にしません。だって、け、結婚したい人がいるって言ってたのにっ、こんな酷いこと、しません」

ぼたぼたと涙が溢れて情けないし、嗚咽も止まらないけれど、拓海はどうしても河峰に分かってもらいたかった。
河峰は少し目を見張って、そんな拓海を見つめてくる。

「水島君だって、ま、守ってくれてました。自覚なかったけど、一緒にいるだけで、俺は、守ってもらってたんです」
「分かった。よく分かったから……」

そう言った河峰が、腕を伸ばして拓海を抱きしめてきた。大きな体に包まれて、びくりと体が竦んでしまったが、背中を撫でられて、次第に強ばりが溶けていく。

「もう大丈夫だ。酷いことは起こらない」

低く穏やかな口調に、拓海は小さく頷いた。

「……委員長。彼は僕が連れて行きます」

そんな言葉と共に、拓海の頭に制服のブレザーが掛けられた。
ふわりと香った嗅ぎ慣れた匂いに、拓海は制服を掛けた生徒を見上げる。見知らぬ彼も、風紀委員なのだろうか。

「委員長は指示をお願いします」
「……ああ、わかった」

頷いた河峰が拓海から離れると、制服を掛けてくれた生徒が、拓海を横抱きにしてしまった。
すっかり力が入らなくなってしまった体では、ろくに抵抗も出来ず、拓海はされるがまま運ばれてしまう。
恥ずかしさで涙も止まってしまった。頭からブレザーを被っているから、誰かに見られても多分大丈夫だろう。

「藤沢君、もう大丈夫ですからね」
「……あなたはもしかして、悠真先輩の……」

拓海は思わず尋ねかけて、すぐに口を閉じた。誰かに聞かれてしまっては、不味いだろうと思ったからだ。
それでも、相手は拓海が言いたかったことが分かったのか、頷く気配が伝わった。

甘い、シトラスの匂いが拓海を包む。
悠真に助けられたのかもしれないと分かると、深い安堵を覚えて瞳を閉じた。


◇◇◇


学園の外れでは、辺りでひときわ大きな木に寄りかかった男が、煙草を片手にしながら、携帯に向かって苛立たしげに口を開いていた。

「ただの幼気な外部生だったぜ? あれのどこが脅威になるってんだよ。あ? なんもしてねーよ、風紀が来ちまったからな」

煙草を捨て、足で踏み潰した男は、頭に引っ掛けていたウサギのお面を外し指で弄ぶ。

「風紀は撹乱しとくんじゃなかったのか? 使えねえな……SPが風紀に入った? はっ、会長さん本気でここを立て直すつもりかよ、今さらだろ。……って、まさか」

不意に、男はお面を弄んでいた手を止めた。透明な涙をはらはらと零していた少年の、悲痛な姿が脳裏に浮かぶ。
真っ直ぐに男を見ていた彼は、本当に何も知らない無知な子どもだった。そんな幼気な者に興味はなかったが、羞恥に頬を染めた表情も、ようやく自分の置かれた状況を理解し、青ざめていく表情も、男は印象的に覚えている。
不安と恐怖で揺れる瞳で、捕らえられた友人を見ていた。あの状況で、彼は友人のことさえ気にしていたのだ。

「いや、何でもねえ。とにかく、俺は二度とあんなガキは御免だからな」

そう吐き捨るように言って、男は通話を切った。
もし、男の直感が正しければ、少年は非常に厄介な存在に違いなかった。

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