34「やめてください……!」
自分の顔から、血の気が引いていくのがわかる。そんな拓海の口から出た抵抗の言葉は、かすれて酷く情けないものだった。
「悪いな、やめるわけにはいかないんだ。俺ももうこんなだし」
「……!」
拓海の太ももに、ウサギ男の下半身が押し付けられる。硬いものを感じて、拓海は小さく悲鳴をあげた。
堪らない嫌悪感に、次第に拓海の視界が涙で滲んでいく。
ウサギ男の視線から逃れるように顔を背けると、今度はネコのお面の男と目が合った。ウサギ男のように、その眼差しにも熱っぽい何かを含んでいるように感じる。
再び顔を背けた拓海に、ネコのお面の男は小さく笑い、押さえていた拓海の手を、ネコ男の僅かに硬くなっている下腹部へと押しあててきた。
「いやだ……っ」
明らかに拓海自身が欲望の対象となっていた。それがとてつもなく怖い。
このまま、ウサギ男達の欲望の捌けにされてしまうのは、耐えられそうになかった。
けれど……、と拓海は縛られて意識を無くしている戸谷に視線を向けた。もし、拓海が抵抗したら、あんな状態の戸谷はどうなってしまうのだろうか。
ついに、堪え切れずに拓海の目から涙が溢れだした。
「……」
拓海が泣きだすと、ウサギ男の手が止まった。じっと拓海を見つめてくる視線を感じるが、溢れる涙は止められなかった。
「まさか、マジで何も知らねえのか……」
そう呟いて舌打ちをしたウサギ男は、拓海に触れていた手を離した。
その行動に拓海が驚いていると、キツネのお面の男が携帯を見て声を荒げた。
「ヤバイ! 風紀が動いた」
「マジかよ。ここが分かったのか?」
「時間の問題だ。ウサギ、逃げるぞ」
「分かった。……邪魔が入っちまったな」
ウサギ男は、拓海の捲り上げられていたシャツを直すと立ち上がった。ネコとキツネの二人は、急いで窓を開けて、そこから身を翻して飛び出して行く。
後を追うように、ウサギ男も窓枠に手をかけると、一度、呆然としている拓海を振り返った。それから、軽々と窓の外へと出て行ってしまった。
急に辺りが静かになった。
拓海は力の入らない体を無理矢理動かして、倒れている戸谷のそばに行く。殴られた戸谷の口元は、痛々しい傷になっていた。
拓海が、泣きながら戸谷の頬にこびりついている血を拭っていると、戸谷が薄らと目を開いた。
「……逃げろ、早く……」
こんなに傷付いているのに、厭っていたはずの拓海を案じる言葉を聞いて、更に涙が止まらなくなった。
「もう大丈夫だから」
そう拓海が言った時、遠くからたくさんの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
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