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「っ……!」

咄嗟に戸谷の名前を呼ぼうとした拓海は、いつの間にか背後にいた誰かに口を塞がれた。そのまま腰を抱かれて後方へ引きずられる。
その間に戸谷は殴られ、さらに鳩尾を蹴られていた。

引きずられながら、拓海は視線を窓の外へ向ける。すると、耳元から低い声が聞こえた。

「警備員はみんな花火の消火に行ってるだろうから、誰も来ない。これ以上あいつが殴られたくなかったら、大人しくしてな」

戸谷は口から血を流し、ぐったりして動かない。黒い私服を着た、キツネとネコのお面をつけた男達に、脇と足を抱えられ運ばれている。

「水島がいたら、こんなに簡単には行かなかったけど」

背後から微かに笑う振動が伝わり、拓海は眉をしかめた。


◇◇◇


どこかの部屋に連れ込まれ、乱暴に投げ出された拓海は床に倒れ込んでしまった。
起き上がる前に、拓海を放り投げた男が覆い被さってくる。ウサギのお面の向こうに見える目が、拓海を捕えると、愉しげに歪んだのが見て取れた。

戸谷の苦しげな呻き声が聞こえて、はっとした拓海はウサギ男から離した視線を戸谷へ向ける。キツネとネコのお面の二人が、更に戸谷を蹴りあげてようとしていた。

「やめろ!」
「あいつら戸谷が気に食わないみたいでさ。今まで我慢してたから、相当溜まってたみたいだな」

可笑しそうに言う男を睨む。
そんな拓海を見て、黒い瞳を細めた男が、拓海のおとがいを掴んだ。痛いくらいに顎を掴まれて、否応なしにウサギ男の視線から逃れられなくなる。

「……案外気が強いんだな」

そう言ったウサギ男は、拓海から視線を離さないまま、戸谷に暴力を振るっていた二人を制止した。
ウサギ男に言われてあっさり戸谷から手を引いた男達は、取り出した紐で戸谷を縛り始める。

「どうしてこんなこと……」
「うん? お前、余計なことしてるんだろ? だからしばらく大人しくさせとけって頼まれたんだよ。ま、自業自得だな」

余計なこととは、もしかして拓海が蓮と水島の無実を証明しようとしていることなのだろうか。
考え込む拓海の首に、ウサギ男の手が掛かったかと思うと、そのまま床に押し付けられた。
息苦しくなり、大きく呼吸をする拓海の耳元に、顔を寄せた男の息がかかる。拓海が両手で男の手を剥がそうとしても、びくとも動かない。ずらしたウサギのお面から見えた男の口元が、弧を描いていた。

「俺もお前に興味があったんだよ。あの木崎遥都が相好を崩しながら溺愛してんだろ?」
「……溺愛?」

訝しげに問い返す拓海に答えず、ウサギ男は拓海の耳に舌を這わせてきた。

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