26遥都が帰った後、拓海は校舎に向かって歩いていた。風紀室に行くためだ。
寮から出た拓海を警備員の視線が追ってくるのを感じる。学園を警備するだけではなく、生徒の様子まで見張っているのだろうか。
そう考えながら拓海が歩いていると、校舎に入ったところで誰かに声をかけられた。
「おい」
「……はい?」
声をかけてきたのは、赤みの強い茶色の髪をした人物だった。不機嫌そうに高い位置から拓海を見下ろす瞳は、深い藍色に見える。遥都のように、外国の血が交ざっているのかもしれない。
はっきりした顔立ちで、なおかつ目尻が上がり気味なので、こうして拓海を見下ろす姿はなかなか迫力があった。彼が身に纏う黒い上下の私服も、それに拍車をかけている。
「お前藤沢だろ」
「そうですが……」
首を傾げる拓海に、赤髪の人物は舌打ちをした。
「勝手にうろつくんじゃねーよ。どこ行くんだよ」
「風紀室ですけど」
それが何か? といった様子の拓海を無視して、その人は歩きだした。
「風紀室だろ。来いよ」
「……はい」
立ち止まったままの拓海に、振り返らずに声をかける。気の抜けたような返事をして、拓海は彼の後を追った。
きっと、常磐が言っていた人なのだろうと見当をつける。寮を出る前に常磐からもらったメールには、戸谷恵という名前が記されていた。拓海の予想が当たっていたら、彼は戸谷であるはずだ。
◇◇◇
風紀室のある階まで来ると、前を歩いていた戸谷が立ち止まっていた。歩く速さが違うので、やっと階段を登り終えた拓海も足を止める。
「ケイ! 久しぶり!!」
少し高めの声がしたかと思うと、和葉が戸谷の腰に抱き付いた。
「か、和葉さん……」
「最近全然遊びに来てくれないんだもん」
寂しかったよ、と言いながら和葉が見上げる。大げさなくらいに戸谷の肩が跳ねた。
誰が見ても、戸谷が和葉に好意を寄せているのだとわかる。
和葉の後ろにいる三枝の視線が恐ろしいことになっているし、戸谷も毒されていたのかと思うと、一人取り残されたような状態の拓海は、溜息をつきたくなった。
「ねえ、ケイもお昼食べに行こうよ」
「……俺はいい、です」
「えー? もうご飯食べちゃった? なら、デザート食べればいいよ。ボクだけのスペシャルデザートを作ってもらうから、ケイと一緒に食べたいな」
「よ、用事があるから……」
スペシャルデザートが気になった拓海だが、さっきまでとは全く別人の戸谷の様子が痛々しくて、そちらのほうが気懸かりになる。
彼は、拓海と一緒にいなければならないことを忠実に守るつもりらしい。
何だか戸谷が可哀想に思えてきて、一人でも大丈夫だと声をかけようとした。しかし、和葉が拓海の方を見て瞳を輝かせたので、口をつぐむ。
「ユウマ……!」
「えっ?」
花が綻ぶように笑顔になった和葉が、抱きついていた戸谷から離れる。
戸谷と三枝の鋭い視線がこちらに向いて、拓海は固まった。
そんな拓海の隣を悠真が通り過ぎた。どうやら、拓海の後方から歩いて来ていた悠真に、和葉がいち早く気付いたらしい。
「お前ら、こんな所で何をしているんだ?」
「ユウマ!」
和葉が、今度は悠真に抱き付いた。
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