「あっ、悠真先輩」

拓海が部屋に戻ると、腕組みをした悠真が壁に凭れるようにして立っていた。

「先輩、休憩ですか? 紅茶淹れますね」
「しっかり手を洗えよ。あいつ、トイレに行った後手を洗ってないかもしれないんだからな」
「ええっ!? もしかして、さっきの見てました?」
「向こうはお前しか見てなかったから、俺がいたことには気付いてないだろうな。それにしても、また凄い珍種を釣り上げたな」
「魚釣りじゃないんですけど……」
「いいから洗って来い」

平木は拓海を気にかけてくれたんだと思うが、その言い草はあんまりにも酷い気がする。しかし、紅茶を淹れる時に手洗いはするので、結局は洗うのだけど。

「平木は何しに来てたんだ?」

拓海が手を洗っているのを確認するかのように、後からついて来た悠真が訊いてきた。

「えーっと、魔性の男の話を聞かせてくれました」
「魔性?」
「はい。悠真先輩は魔性の男だって」
「へえ」

悠真は面白そうに返事をすると、おもむろに紅茶の用意をしていた拓海の手を取った。

「先輩?」

その行動を不思議に思って問いかけると、悠真は黙ったまま、持ち上げた拓海の手の甲にキスをした。

「うわっ!」

驚いた拓海を見て悠真は笑う。
拓海はキスされた手をあわてて引き戻そうとしたが、悠真はその手を離してはくれなかった。

「せ、先輩……!」
「どうだ、魔性の男っぽかっただろ?」
「……今のは遊び人っぽかったです」

女性にするようなことをされたのに、拓海の胸はドキドキと高鳴ってしまった。それを隠そうとしたのと、悠真が慣れているような仕草に見えなくもなくて、拓海は憮然とした態度をとってしまう。

そんな拓海の心情を知ってか知らずか、口元に笑みを浮かべた悠真は、そうか、と言うだけだった。

「この時計、明日もして来いよ」

掴んでいる方の手首にあった時計を見て、悠真が言った。
悠真からもらった時計は、毎日つけている。明日ももちろんつけて行くつもりだったので、そう悠真に告げる。

「明日のオリエンテーリングは、時間制限ありだからな。遅れるなよ」
「……努力します」

やっと解放された手をさすりながら、明日の新入生歓迎会を思って、拓海は少しばかり気が重くなった。


◇◇◇


翌朝、水島とともに歩いていた拓海は、階段の踊り場で蓮と会った。

「待て、藤沢!」

蓮のもとに駆け寄ろうとした拓海の腕を、水島に掴まれて引き寄せられる。

「蓮!」
「うわっ!!」

目の前にいた蓮が頭から水を被った。
階段の上から、誰かに水をかけられたのだ。

水島が物凄い早さで階段を駆け登って行く。普段眠そうにしている水島は、実は機敏で俊足だったらしい。
周りにいた数人の生徒は、教師を呼びに行ってくれた。
拓海は、水浸しになった蓮をハンカチで拭う。

「蓮、大丈夫?」
「……冷てえ。くそ、マジむかつく」

ブレザーを脱いで渡そうとする拓海を蓮が遮る。そうしているうちに、水島が階段を降りて戻ってきた。

「駄目だ、逃げ足速いし。誰が犯人だったかわからなかった」
「俺、寮に戻って着替えてくる。悪いけど先生に言っといて」
「一人で行ったら駄目だよ」
「大丈夫だっての」
「蓮!!」

蓮は拓海の制止を振り切って行ってしまった。
追いかけようとする拓海を水島に止められてしまう。

「きっと、まずは様子見で水かけただけだろうし。今はこれ以上はないんじゃない。とりあえず、先生と風紀に伝えよう」

落ち着いている水島を見て、拓海は自分が酷く動揺していたことに気付いた。

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