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目の前で、優雅な仕草でパスタを食べている悠真を見ていると、ここが寮の一室ではないような気がしてくる。食べているのは、キノコパスタ柚子胡椒風味なのだけど。

「あの、口に合いましたか?」
「美味しいよ、ハニー」
「だから、それもうやめてくださいって」
「ノリが悪いな。ほら、食べさせてろうか」
「そういうことは、遊びじゃなくて本当の恋人とやるんです」
「遊びじゃなくて恋人ね」

悠真が片方の口角を上げて笑った。
その様子を見て、拓海は聞きたかったことを口にしてみることにした。

「あの、聞いたんですけど……」
「何をだ?」
「先輩が、誰のものにもならないって話です」
「ああ、そうでも言わないと、俺の周りが煩かったからな」

悠真なら、そんな台詞を言いたくなるような状況になるのもわかる。
でもそれは、逆に悠真自身も自由にはなれないということだ。

「拓海が浮かない顔をする必要はないぞ。どうせ結婚相手は決められているし、今ゴタゴタがあって、後々厄介なことになっては困るからな。何もないならそれで十分だ」
「えっ、結婚相手って。先輩、好きな人がいるんですか?」
「いや。二、三度会っただけの相手だが」
「そんな……」

拓海は自分のことのようにショックを受けた。気分も見る間に沈んでいく。
悠真に結婚相手が決まっている。でもそれは、蓮とは違って好きな相手ではないのだ。

「俺はいずれ家業を継ぐ。何千人の被雇用者を守るためには、経営能力だけじゃやっていけないんだ。中には拓海の母親のように、女手で家庭を守っている社員もいる。彼らのために簡単に会社を潰すわけにはいかないからな」
「先輩……」

悠真の覚悟は凄いものだ。拓海にはできない。
きっと幼い頃からそんな環境で育てられていたからなのだろう。
けれど、あの時拓海を励ましてくれた悠真が、そんなふうに考えていることがとても悲しかった。

「で、でも、沢山の社員のことを思うなら、自分が幸せを知らなきゃいけないと思うんです。そしたら、幸せだけじゃなくて、相手の痛みも辛さもわかるんじゃないかと」
「きれいごとだな」
「……わかってます。先輩は凄く立派だけど、それだけじゃ悲しいし、先輩自身がつまらないんじゃないんですか?」

拓海の必死な様子に、悠真はふと表情を緩める。

「俺がつまらない男だって? 何でお前がそんなに一生懸命になっているんだ」
「だって、悠真先輩……」
「そんなに俺に幸せになってもらいたいのか」
「はい。もちろんです」
「そうか。じゃあそのために拓海にやって欲しいことがあるんだが」
「はい。……あれ……?」

急に強引になった悠真の態度に釈然としないものを感じる。後半で何となく誘導されたような気もしないでもないが、言い出したのは拓海だ。

「俺に出来ることでしたらやりますよ」
「大丈夫。拓海にしか出来ないことだ。いずれ話す」

そう言うと、悠真はふわりと笑った。
そんな悠真を見て、経緯はどうであれ、悠真の手伝いが出来るなら、精一杯やってみようと思った。


しかし、それがどんな内容なのかを理解した時、拓海の生活からは平穏が遠ざかることとなる。


Continued.

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