26「……秀吾君、うぅっ」
伊吹は泣きながら走った。とにかく秀吾から離れたい一心で。
だが、グランドから体育の授業の声が聞こえて、はっとする。授業中の校舎の中をこんなに泣きながら走っていたら、何て思われるだろうか。
急に不安になって顔を上げると、涙で視界が滲んでいる理由だけじゃなく、本格的に視界がぼやけ始めていたことに気付いた。
走るのを止めた伊吹が、踏んだり蹴ったりという言葉を脳裏に浮かべながら、廊下で打ち拉がれていると、隣の教室から話し声が聞こえてくる。
授業をサボっているのがばれてしまうと焦ったが、どうやら、中にいる人たちも授業中ではないようだった。
「やめてよ!」
「ちょーやべえよコイツ」
「盗撮は犯罪だよ谷中ちゃん」
「違う! 僕は風景しか撮ってない!!」
「風景ー?」
「せいぜい撮れても心霊写真なんじゃね?」
「だよな。生徒会の盗撮して売りさばいた方が儲かるよ、谷中ちゃん」
「う、うるさい!」
(虐め……?)
心配になり、伊吹が教室に近付くと、中から悲鳴が聞こえてきた。
「やめて! カメラが壊れちゃう」
「ひゃははっ。壊れちゃう! だとよ」
伊吹は、自分が虐められていた時のことを思い出してしまった。堪らなくなって、思い切って教室のドアを開ける。
「駄目虐め。今、キャンペーン中」
緊張のあまり、片言っぽくなってしまった。
「ああ?」
「んだよ、誰だ?」
教室にいた四人に一斉に振り返られて、伊吹の背中に冷たい汗が流れる。
(ふ、不良だーっ、この人達!!)
明るい髪にキラリと光るアクセサリーをいくつも身に付け、授業をサボる虐めっ子となれば、伊吹の中では不良と認定される。
しかし、如何せん視界がぼやけていて顔はよく分からなかった。
四人とも急に無言になってしまい、伊吹は堪らない居心地の悪さを感じる。
「別に俺達は……」
「そ、そうそう。友達同士でふざけてただけだし」
伊吹は、四人の奥で机に押し付けられるようにされている生徒を見付けてしまった。
伊吹が気付くと直ぐに解放されていたが、もしかして暴力でも受けていたのだろうか。
「大丈夫?」
「ほっといて!!」
「ほーら、コイツはそーいう奴だから、心配なんかする必要ないし」
「そうそう。それに平気で盗撮なんかするんだよな。どうせさっきも体育やってる奴らを撮ってたんだろ」
「そんなことしてない! 僕はここからの風景を撮っていただけだ!!」
そう言えば、確かこちら側は窓から山が見えて、学校の木の緑と重なり合う様子がとても綺麗だったのを思い出した。
「そっか、綺麗だよね。ここから外を見ると、色んな緑があって……」
今はぼやけていてよく見えないけれど、伊吹は窓に近付いて外に視線を向けた。
「俺はあんたの方が綺麗だと思うけど?」
「そうだろうが、触るな」
突然、伊吹のすぐ後ろから大好きな声が聞こえて、びっくりしながら振り返る。
「秀吾君……!」
そこには、不良の腕を掴んでいる秀吾がいた。
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