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(母さん、志鶴さん、こんな僕を許してください)

伊吹は覚悟を決めた。
生まれて初めて授業をサボる覚悟を。

「……ちょっと頭痛が……」

教室でこれを言うと、淡路とか責任感の強い生徒が付き添って来てしまいそうなので、授業の前に職員室で教師を呼び止めた。

職員室で教師に対して嘘をつく、その緊張のあまりに真っ青になりながら、震える声で言ったのが功を奏したのか、あっさりと保健室行きを認められたのだった。



校舎から離れた場所にある東屋で、秀吾らしい人物を見かけた事がある、という目撃情報を入手したので、伊吹は真っ先にそこに向かった。
誰かに見咎められては適わないので、伊吹にしては迅速だった。

東屋の周囲には、草花やハーブなどが植えられていて、季節毎に様々な色を楽しめる。しかし、校舎から離れているため、人影は滅多に現れない、絶好の場所だった。
伊吹も以前、何度か足を運んだ事がある。

そっと東屋に近付くが、誰もいない。
がっかりしながらも足を進めていると、白い木の壁の向こうで、誰かが横になっている姿が目に入った。

「……!!」

伊吹は、慌てながらも静かに入口へ回って中に入る。それから、ピタリと動きを止めた。

長椅子で眠っていたのは、秀吾だった。

睫毛が影を落とす、相変わらず秀麗な顔立ち。久しぶりに見る、伊吹の大好きな秀吾だ。
規則的に上下する体を見ながら、伊吹の両目からはボタボタと涙が落ちた。

「……ぅ、ぐすっ」

思わず鼻を啜った途端、閉じられていた秀吾の目が、ぱっちりと開いてしまった。

「!!」

固まる伊吹を黒い瞳が見上げる。
秀吾も驚いたようだったが、すぐに眉間に皺が寄った。

その反応に伊吹は傷付く。

伊吹がこんな顔になった今、こんな自分が誰なのか秀吾には分からないのかもしれない。
けれど、秀吾には気付いて欲しかった、なんてちょっぴり思ってしまう。
いや、でも伊吹だと気付かれてこの反応は悲しすぎるし……。
涙も止まってしまい、伊吹はこの短時間でグルグルしていた。

「……」
「……あ、えっと……」

後が続かず、沈黙が辺りを包む。
しかし、それを破ったのは秀吾の方だった。

「迷子か?」
「う、うん」

(ああ、先生に続き、秀吾君にまで……)

嘘を吐いてしまったが、秀吾を探していたとも言えない。
あくまでも、今の伊吹の目的は、秀吾に生徒会選挙に立候補してもらう事なのだから。

秀吾と伊吹との事は、その後で聞けばいい。伊吹が直接秀吾に質問できればの話しだが。

(……とにかく、伊吹だとバレたら距離を取られちゃう。せっかく秀吾君から声をかけて貰ったのに)

そう思ったら、じわりと涙が滲んだ。

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