13

「いい? 伊吹を暴行した奴がまだ分からないんだから、くれぐれも片村伊吹だってバレちゃわないように!」
「うん、分かった」

これまで幾度となく、それはもう耳にタコができるほど繰り返された台詞に、伊吹はこくんと頷いた。

伊吹に対して過保護な藤乃は、伊吹がまた同じ学校に戻るのが心配だったのだろう。気が付けば、藤乃までこの学校に通う事になっていた。
それに、マリウスと絶縁するために、閉鎖されたこの学校はうってつけだとも藤乃は言っている。

「あ、ほらっ。右手右足が一緒に出てるから。大丈夫だから落ち着いて行こう?」
「う、うん」

今日は入寮日だったので、伊吹と藤乃は二人で寮に向かっているところだ。
伊吹にとっては懐かしい場所。だが、初めて来たかのように振るわなければならない。
伊吹には今、様々なプレッシャーがのしかかっていた。

片村だとバレてはいけない、華京院として慎み深く行動しなければならない、そして秀吾と会えるかもしれない……。

「秀吾君、僕だって分かってくれるかな……」

こんなに変わってしまった伊吹を見て、秀吾はどんな反応を示すのだろう。
拒絶されるだろうか。
そういえば、太っているのを気にしていた伊吹に、秀吾は柔らかいお腹が好きだって言ってくれた。……今は見る影もない。

「伊吹! なんかまたネガティブになってない? そろそろ生徒達がいるんだから、しっかりしろって」
「うん。わかった!」

伊吹が顔を上げると、確かに寮である白くて立派な建物が見える。
それに伴って、制服姿の生徒達の姿も増え始めた。

「華京院君……、周りに印象付けるために、今からそう呼ぶからね」
「うん」

寮に近づくと、すれ違う生徒達も増える。
初めて見る顔ぶれを珍しがっているのだろうか、みんなが伊吹達を見ていく。
今までは、いてもいないような扱いが多かったから、こんな視線には慣れていない。
伊吹も見れるような顔になったし、格好良い藤乃も一緒だから、こんなに注目を集めるのだろうか。

不意に、前方にいた生徒とバッチリ目が合ってしまった。

(なんで、なんでそんなに見てるのー!? まさか僕、どっか変だったりする?)

「伊吹、スマイルスマイル」
「ふ……」

藤乃に囁かれて、強ばっていた顔を無理矢理笑顔に変えた。
すると、その生徒は目を見開いて、持っていた荷物をドサドサ落としている。その隣には、立ち眩みを起こしたように、倒れかかった生徒までいた。

(な、なんでー!?)

笑顔が不味かったのだろうか。
そういえば、笑った自分の顔をまだ鏡で見た事がなかったのを思い出した。

「笑った顔、変?」

焦りながら尋ねると、藤乃は指で眉間を押さえながら首を振っている。

「いや、華京院君はまったく悪くない」
「藤乃、どうしたの?」
「なんか、想定していた以上でびっくりしてるだけだから大丈夫だよ。きっと閉鎖された空間が良くないと思うんだ」
「うん?」

閉鎖されたこの学校が良くて、藤乃は転校してきたんじゃなかったっけと、伊吹は考えた。

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