《秀吾と伊吹・過去3》

憧れていた秀吾に呆れられてしまった。
クラスメイトにからかわれてた時よりもはるかに辛い。

悲しさのあまり涙ぐんでいたが、そんな伊吹の手に、秀吾の手が静かに重なった。

「一緒に行こう」

そっと導かれるように手を引かれる。
優しい手だ。
呆れられていたはずだったのに、大切に扱われているみたいだ。

その事に頭が真っ白になって半ば呆然としていたが、伊吹はちゃんとゴミ置き場にゴミ袋を出していた。

「君だけのせいじゃないんだよな。ルールが守られない状況があるのも確かだし……」

話す秀吾を見つめる。
伊吹よりも秀吾が悲しそうに見えて、目が離せない。

「君が否応なしにこれを引き受けたんじゃないって分かってたんだ。ここまでの道すがら、すごく楽しそうだったのは見ていてわかったから」

それは伊吹が秀吾の事を考えていたからだ。
そこまでバレているはずはないだろうけれど、浮かれていた様子を当の秀吾に見られていたのはかなり恥ずかしい。

「偽善なんかじゃないんだろうな。ごめん、さっきは言い過ぎた」

伊吹は力強く首を左右に振った。

クラスメイトが甘えて、伊吹が甘やかして、確かに秀吾に言われた通りなのだ。
それなのに、秀吾は言い過ぎたと思って、今回もゴミ捨てを手伝ってくれたのだろう。わざわざ伊吹の手を引いてまでして。

伊吹はすっかりさっきまでの悲しみはすっ飛んでしまった。
それに、素直に自分の非を認めてしまえたり、自然に優しくできる秀吾に対してますます気持ちは傾いていく。

「けど、本当に嫌な時は嫌だって言った方がいい。それは自分だけじゃなくて、相手のためにもなるからね。もし断れなくて辛くなったら、俺に話して」

心強い言葉だった。
けれど秀吾の表情は晴れなくて、そればかりが気になる。

「俺の場合、偽善なのかもしれないけどね」

それは違う。
秀吾は優しいんだと声高に叫びたかったけれど、伊吹には首を左右に振る事しか出来なかった。

「口を開けてごらん」

そう言われて、何の疑いもなく伊吹は口を開ける。
秀吾はそんな伊吹を見て笑うと、小さな包みを出して伊吹の口の中にその中身を入れた。

舌の上に甘味が広がり、伊吹の表情がとろける。
秀吾がくれたというだけで、とっても美味しく感じられる。

「甘いのが好きなんだ。また持ってくるよ」

それから秀吾は、本当に様々な甘くて美味しいものを伊吹に持ってきてくれた。
秀吾の親衛隊が大きくなってからは、屋上で二人で会うようになった。

その頃には、秀吾が「偽善」と言った時に見せた、悲しみの理由も分かっていた。
目標に向かって突き進む秀吾は、大きくなっていく周囲からの期待が、重すぎるプレッシャーになっていたのだろう。
そんな秀吾のそばにいて、少しでも力になりたいと思う気持ちは、あの時からまったく変わっていない。
生徒会長になろうとしている秀吾の後押しをずっとしていたかった。

「秀吾君が生徒会長になれば、学校のみんなはきっと幸せだよ」

それは、伊吹の願いになっていた。

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