12薄紅の花びらがハラハラと舞う季節。
伊吹は姿見の前で、まじまじと自分を見つめていた。
「これが僕だって、やっぱり信じられないよなぁ」
かつては鳥の巣と呼ばれていた髪の毛はふわふわしていて、思わず触ってしまいたくなるくらいに柔らかそうだった。
梳いて軽くしたり、トリートメントなどで手入れをしていたのと、クルクルのくせっ毛と天然のチョコレート色を最大限に生かした髪型のおかげだ。
そしてその身を包む真新しい学生服は、着ている体を華奢に見せ、ブレザーの藍色が、肌をよりいっそう白く輝かせているように見せている。
数ヶ月前と同じデザインの学生服でも、体型だけでこうも違って見える。
藤乃の徹底的な栄養管理と適度な運動により、伊吹の体は別人のようになってしまった。太りやすい伊吹は、今まではどこもかしこもパンパンだったのに、ちゃんと制服を着こなせている。
伊吹はぐるりと一回転して、また鏡に映る自分を見つめた。
伊吹の顔にはメガネがない。メガネがなくても見えるようになったからだ。メスを入れるのは恐かったので、レーシックは受けていない。
でも、特別なコンタクトレンズを寝ている間につけていると、翌日には視力が良くなっている。夕方には、また視力は落ちてしまうけど、繰り返しているうちに見えている時間も長くなっていくそうだ。
よく見えるようになった目で、目の前の人物をしげしげと眺める。
くっきり二重の下には、茶色がかった大きな瞳。
ちんまりした鼻は相変わらずだけど、整った食生活のおかげで肌はツルツルしているし、頬は血色のいいピンク色をしている。それに、小さな唇はプルプルに潤っていた。
……どう見ても美少年だ。
「志鶴さん、怪我だけじゃなくて、顔まで治してくれたんだ」
だから入院した時も、あんなにグルグル包帯を巻いていたのだ。やけにグルグルしていると思っていたけど、それは伊吹の顔を変えてくれたためだったからだ。
見えるようになって、初めてメガネ無しで自分の顔を見た時には度肝を抜いた。自分を見るつもりで鏡を見たら、そこに綺麗な顔が映っていたのだから。
「これじゃ、みんな僕だって気付かないよね」
明日から、伊吹は編入生として再び学校に通う事になった。伊吹が退学したあの学校だ。
高認試験に合格して高卒程度の学力を認められたため、高校は一年の数ヶ月しか通っていなかったけど、二年生から受け入れてもられる。
入学金も授業料も華京院家から支払われる事になったから、その辺りの心配はない。
華京院と名乗る事と、いずれ系列会社に入るのを条件に、伊吹は大学まで自由に学べるようになった。
もちろん、秀吾のそばにいるだめだ。
「……明日だ。明日、秀吾君に会える」
何度も秀吾宛に出した手紙も、一度も返事が来なかった。それが伊吹に不安をもたらす。
そんな不安を振り切るように、伊吹は手を伸ばして鏡に映る自分に触れた。
[ 13/33 ]← →
[mokuji]